新妻ですが、離婚を所望いたします~御曹司との甘くて淫らな新婚生活~
「もっとムードのある場所じゃなくて、がっかりしただろ。あのときは……結構、本能的に勢いで口にしたところもあって。申し訳ない」

「あ、ううん、全然。プロポーズって、場所がどうとかよりそれ自体がうれしいものだと思うから」



パタパタと両手のひらを振りつつ、とっさにそう返した。

この言葉は本心だ。

たしかに、たとえば夜景の見えるレストランとか、両手に抱えるほどのバラを渡されながらとか……プロポーズといえば、そんなロマンチックなシチュエーションを浮かべる人は多いのだろう。

もちろん、それらを素直に素敵だと感じる自分はいる。

だけど私は、そんなお膳立てをしてもらわなくったって……ただ、大好きな人が自分とともに歩む未来を希ってくれた事実があれば、それだけで幸せなんじゃないかと思うのだ。

……そう。
だから、たとえその宝物のような瞬間が、平凡な居酒屋で訪れたとしたって──相手が自分の愛する人であれば、ただひたすら、幸せに感じるはずなのだ。

なのに……さっき思い出した、記憶の中の私は……。



「よかった。礼にそう言ってもらえて、少し気が楽になったよ」

「えぇ? ふふっ、なら、私もよかったよー」



顔には笑みを浮かべて会話を続けながら、頭の中は疑問でいっぱいだった。



『俺と、結婚しないか?』



現実に起こった出来事の、あの瞬間の私は、どうして。

たまらなく胸が苦しく、切ない想いでいっぱいになったのだろう。
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