梅雨前線通過中
梅雨晴れ
 台風一過の翌木曜日は、すっきりとした青空が広がった。
 日本の西側ではちらほらと梅雨明けが発表されていたが、この辺りはまだのようだ。美緒は今日も、バッグに折りたたみ傘を入れて出勤していた。

 あつあつの麻婆豆腐をのせたレンゲを吹いていても、美緒の目線は無意識に卓上の液晶画面に吸い寄せられる。しかし、ときおり届く報せは、鉄道の運行情報や使い道のないクーポンばかり。
 気になるのなら、こちらから連絡を取ればよい。
 美緒は何度もアプリを開いてはみるが、ひと文字も入力できずに昼休みは過ぎていった。

 一時間ほど残業してあがった更衣室で、まっさきにロッカーから取り出したのも、携帯電話だった。
 結局、退勤時間になっても、金谷からのメッセージは一通も届いていなかった。

 ――警戒されたのだろうか。

 帰りの駅のホームで、そんな不安が胸中をよぎる。
 独身をアピールするつもりなどなかった。ただの自虐ネタと笑い飛ばしてもらうつもりだった。そもそも先に言い出したのは、金谷のほうではないか。
 同級生とはいえ、どんな仕事に就いたかさえしらない、顔もおぼろげな男性になにを期待しろというのだ。
 美緒は携帯の画面を操作する。

『やっぱり傘は捨ててください
ご迷惑をおかけしました』

 そっけない一文を打ち込む。あとは送信するだけ。だが、その指が動かない。
 金谷は独身だというが、付き合っている人はいるかもしれない。万が一彼女が、あきらかに女の名前から届いたメッセージを発見してしまったら、よけいな詮索を受けてしまうかもしれない。
 相手のことをなにも知らない以上、こちらからの連絡は避けたほうが良いのではないか。
 いまさらながらそれらしい理由をつけて、乱暴に文章を消去する。
 美緒は電源を落とした携帯を握りしめ、電車に乗り込んだ。

 立ち寄ったスーパーで買った食料品を冷蔵庫に詰め、かわりにペットボトルを取り出す。よく冷えた緑茶は、日が落ちても真夏日の余韻が残るなかを歩いてきた喉を潤した。
 解凍したご飯と値引きシールの貼られたお惣菜で夕食をとっていると、充電中の携帯がメッセージの着信をしらせる。
 手を伸ばした拍子に、慌てて置いた箸がテーブルから転がり落ちた。
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