梅雨前線通過中
梅雨明け
 気象予報士が「今日あたりに梅雨明けが発表されるだろう」と伝える朝。まだ出勤ラッシュの時間帯にもかかわらず、美緒の頭上には真夏の陽射しが降り注がれている。
 折りたたみ傘が抜かれたバッグは、やけに軽く感じた。

 あれから夏帆に、次の日曜は無理でも、お盆休みには実家を訪れることを約束させられた。
 そのうえ誕生日祝いとして、ウサギの人形一家のためのドールハウスまで要求されている。長い電話を切ったあとに、しっかりお目当のおもちゃの画像を送ってくるという周到さだ。
 数えられるくらいしか面識がないはずなのに妙に懐かれているのは、第三のお財布と認識されているのかもしれない。
 美緒は、事ある毎にプレゼントでごまかしていた自分を振り返り反省した。

 電話やメールでほとんどの用件が済んでしまう世の中だが、直接声を聞きたい、顔を見たいと想い、想われるのは、悪いことではないのかもしれない。
 七月最後の金曜日は、目が痛いほど眩しい晴天ではじまった。

 ところが、週末・月末・繁忙期と重なったエアコンの効きが悪い職場は、不快指数を一気に上昇させてゆく。
 どうにか二時間ほどの残業で退勤した美緒のメンタルは、半袖の腕にまとわりつく湿気もあいまって、日が落ちた空と同様、暗いものになっていた。

 ピーク時よりは若干少ない人の流れに押し流されて、田之口駅で降りる。
 たった一日で、すでに夏バテをしていそうな胃になにを入れようか。ぼんやりと考えながら改札を通った美緒は、思わず足を止めてしまった。
 後ろから来た人が、邪魔だといわんばかりに横すれすれをすり抜けていく。

「すみません」

 我に返って脇に寄り、バスの停留所やタクシー乗り場がある駅前ロータリーの一角をまじまじとみつめる。
 落っこちてきた満月? 超特大のヒマワリの花?
 当然ながら、そのどちらでもない。

 ひと粒の雨も降っていないのに、だれかが見覚えのある黄色い雨傘を差して立っていた。
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