お宿の看板娘でしたが、王妃様の毒見係はじめます。

「一体、どこから仕入れてきたんだよ、こんなもん! 腐ってんじゃねぇか」

罵声が聞こえてきて、オードリーは思考の海から飛び出した。
クリスはびくりと体を震わせ、彼女の腕にすがってくる。オードリーはクリスを守るように背中に手をまわし、そそくさと歩き出した。
最近、こんな声をよく聞く。以前よりも治安が悪くなっているのだ。活気があった市場も、最近は品物の鮮度が悪く仕方なく買っているような状態だ。

「一体議会は何をしているのかしら」

国を動かすのは政治家の役目だ。国王をはじめ有力貴族は、議会で運営方針を決め、国が繁栄するように市場や社会福祉を管理する責任があるはずだ。以前は議会が何度も議論を重ね、国王様の承認も経て政治はきちんと回っていた。一年前までは、オードリーはこの国の平和を疑ったりしなかったのに。

(……王家と言えば)

オードリーはふと、思いつく。
そういえば王家にも黒髪の王子が一人いたはずだ。
第一王子バイロンと第三王子コンラッドとは母が異なる、異国の血が混じった第二王子アイザック。
あまり表に出てくることはないので、すでに記憶は朧気だが、その彼の姿が、先日アイビーヒルで見たあの青年に重なった。

「そうだわ。アイザック様に似ているんじゃない……!」

第二王子アイザックは、政務にも精力的にかかわっていたはずだ。それがここ一年ほど、何の噂も聞かない。

オルコット家には昔から付き合いのある貴族から夜会の誘いが多く来る。オードリーは未亡人という立場からあまり積極的に出席はしないが、義母から聞かされる噂話には結構な情報量がある。

「いやでも。あんな片田舎にいるはずがないわ。あり得ないわよ」

オードリーは首を振ってその思い付きを追い払った。
いくら生粋の王族ではないとはいえ、王子があんな下町をふらふらしているわけがない。

「ママ、なーに?」

「ううん。何でもないの。そろそろおうちに帰ろう、クリス」

「うん!」

その予想が正しいということを、この時点のオードリーは気づいていない。


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