紳士に心を奪われて
殺人鬼
満月に照らされた夜道を歩く。
歩きなれた道で、特に警戒心もなく歩き進めていた。


ある角を曲がろうとしたとき、人影が現れた。


「おっと失礼。お怪我はございませんか、お嬢さん」


柔らかい言い方で、恐怖が安心に変わる。
相手の顔は暗闇で見えないが、穏やかな声に心を惹かれる。


ゆっくりと彼に月明かりが照らされ、顔がはっきり見える。
その顔立ちに目を奪われる。


「お嬢さん?」


返事をしなかったため、彼はもう一度優しく聞いてきた。


「すみません、少し驚いたくらいです。あの、この辺にお住まいですか?」


このご時世、聞いたところで答えてもらえるとは思っていないが、聞かずにはいられなかった。
この機会を失うと、二度と彼に会えないような気がした。


すると、彼は小さく笑う。


「おじさんにあまりそういうことは聞くものではありませんよ。何をするかわかりませんから」
「……でも、あなたなら」


その言葉を遮るように、腹部に感じたことのない痛みを覚えた。
視線を落とすと、彼がナイフを握り、腹部を刺していた。


「どう、して……」


彼から離れ、それを言うので精いっぱいだった。


「あなたは幸福を感じたままこの世を去ることができます。何事にも変えられないほど、幸せでしょう?」


彼はそれだけを言うと、背を向けて去っていった。
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