夢見社
 憂鬱の原因は、降り続いている雨のせいではなかった。信号待ちの交差点で桂木はハンドルを指で叩く。呼応するように雨粒が窓ガラスを打った。部屋を出てきてから更に日が落ちてきていて、ほとんど夜のような暗さだった。行き交う車のヘッドライトの灯りが攻撃的に反射している。
 日課として点けているラジオから、規則正しい寝息みたいな調子でニュースが流れて続けていた。一定のリズムで話し続けるそこから内容を聞き取る。一週間ほど前の雷雨の日に運悪く雷に打たれた大学生を引き合いに出して、悪天候の日は気を付けるようになんてことを言っている。被害者の彼は未だに意識が戻っていないらしい。
信号がやっと青に変わる。
桂木は雷が嫌いだった。強い光と大きな音は恐ろしいし、不安な気持ちになる。しかもいつどこに落ちるかも分からない上に、万が一打たれでもしたら命を落としかねないときている。人生は博打だなんて言葉をどこかで聞いたような気もするが、そんなことあってたまるかと桂木は思う。もしも意味がないとしてもそれぞれがこの世に生を受け、それなりに苦労を重ねながら確実に生きている。その結果が博打だなんてことはあってほしくない。だが少なからず偶然による不幸、いわば博打に負けたような事故被害というのはあるわけで、雷はそんな理不尽が形として見ることのできる存在であると考えていた。理不尽は、偶然の不幸などというのは、できるならば見たくはない。
 順調に車を走らせ、やがて丘の上に立つ白く四角い建物の駐車場に車を停めた。職場のドアを開けると早速困り顔の部下が駆け寄ってくるのが見えた。時間が経つと不思議と問題が解消されていた、なんてことはやはりないらしい。

「支局長、今日は一段と多いです」

 鳴り出した電話を一瞥してから部下が報告した。

「異常信号の元は発見できたのか?」
「いえ。ですが近い周波に合わせることができました。何度か姿を確認しています」
「よくやった。私が直接見てみるよ。お前は少し寝な」

 部下の肩を軽く叩き労を労ってから、桂木は電話の受話器を取った。不機嫌そうな女性の声が「あのですね」と話し始める。

「一ヶ月ほど前にそちらの夢見装置を購入した者なのですが、ここ一週間ほど、機械の調子が悪いのかチャンネル通
りの夢が見られないんです。映像は乱れるしノイズも入る、それどころかいつも同じ男が現れるんです。私の知り合いなんかじゃありません。気味が悪いったら」

 桂木は丁寧な謝罪の後、その男の特徴を尋ねた。

「二十台くらいの若い男です。鼻が高くて眉が下がっていたわ、痩せていて、背が高そうに見えたわね」

 機械の調子を確認しに行く日程を定めて、何度も謝りながら桂木は電話を切った。

「またですか」

 電話の様子を窺っていた部下が真剣な顔で聞いた。

「ああ、同じだ」

 短く答えてから上着をデスクチェアに丁寧に掛け、一旦廊下に出て別の部屋に入った。真白な扉の横に「夢見室」と書いたプレートが設置してある。
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