私と結婚しませんか
#02 落ちてたまるか
第二話『落ちてたまるか』


◯蒼のマンション、風呂場(夜)

   蒼、シャワーを浴びる。

◯同、DK(夜)

   蒼(上下スウェット、濡れた髪、肩にタオル)、冷蔵庫からカップアイスを取り出す。
   蒼、カップアイスの蓋をあけスプーンですくいあげ一口頬張る。

蒼「おいし」

   蒼、ダイニングの椅子にかけ携帯の画面をスクロールする。
   開いているのはSNSの趣味アカウント。
   今夜21時から地上波初放送されるファンタジー映画の予告情報がタイムラインに流れてくる。

蒼(これ、ちょっと気になってたやつだ。見てみるか)


◯同、寝室(夜)

   蒼、リモコンを手に取る。

蒼M「テレビの電源をつけたのは、ひと月ぶりくらいだろうか。三年前うちにやってきた大型液晶テレビがただのオブジェになるのも時間の問題だ」

   蒼、アイスをもう一口頬張る。

蒼M「大学一回生の春から借りているこの1DKマンションで暮らし始めて五年目に突入した。
 わたしは五年後も、ここに一人で住んでいる気がする。
 誰に何を言われるわけでもなく自由気ままに過ごせる生活を手放すつもりはないから」

   ×  ×  ×
   (フラッシュ)
   スーパーの試食コーナー。

桂「すべて買い取ります。吉岡さんも含めて」
   ×  ×  ×

蒼M「派遣先のスーパーに、変な男が現れた」

   ×  ×  ×
   (フラッシュ)
   スーパーの試食コーナー。

桂「ふーふー、あーん。してくれます?」
   ×  ×  ×

蒼(なんだったの?)

蒼M「どこまでが本気なのか定かではないけれど、冷静に考えてみても、やっぱり普通に気持ちわるい」

蒼「ないな。アレは、ない」

   蒼、SNSに書き込みをする。

   (書き込み)
   【スーパーで試食販売してたら2時間足らずで店の在庫すべて売り尽くした件】

   書き込みに、蒼のフォロワーからいいねとリプライがつく。

   (フォロワーA、リプライ)
   『嘘松?』

蒼「……嘘じゃないし」

蒼M「嘘みたいだが本当のハナシだ」

   (返信)
   【ホントだって。しかも買ってくれたお客さん、ハイスペックイケメンだった】

   (フォロワーA、リプライ)
   『そのハイスペックイケメン、どこで買える?』

蒼(完全にネタ扱いされてる はは)

   (フォロワーB、リプライ)
   『それで小説書いてみてよ』

   蒼、目を見開く。

蒼(…………誰が書くか)

   蒼、返信せず。
   携帯をテーブルに置いてテレビに視線を向ける。

蒼M「明日は別のスーパーで働く。あのヘンタイとも会わないだろう」

蒼(いや、待てよ。わたしの雇い主と、あの男は知り合いなんだよね)

蒼N「ひょっとしたら――……」


◯スーパー、試食コーナー

   T『翌日』

桂「こんにちは、吉岡さん」

蒼M「出た〜〜!!」

蒼「(引きつった笑顔)こんにちは」
桂「今日もエプロン姿がお似合いですね。新妻みたいで興奮します」

蒼M「気持ちわるさ増してない?」

蒼(社長か? 勤務地や勤務時間を、佐藤がこの男に流したのか?)

桂「貴女と私の未来について話をする時間を設けていただきたいのですが」

蒼M「ツッコミどころしかない」

蒼「店長呼びますよ」
桂「二人きりで話を進めたいところですが。まあ、立会人を置くことに異論はありません」
蒼(いや居合わせるんじゃなくてアンタをつまみ出してもらうために呼ぶんだよ。察してくれ)

蒼「なんなんですか。冷やかしなら――」
桂「おっと、順序を間違えました。ナゲット下さい」

蒼M「間違えているのは順序云々ではないということに気づいてくれ」

蒼「自分で取って食べてください」
蒼(手渡せば昨日と同じことされかねん)
桂「そうしたいのは山々なのですが。生憎私の両手は塞がっていまして」

   桂、鞄と紙袋を掲げてみせる。

蒼M「置けや」

蒼(荷物多いな。営業まわり……とか? なんの仕事してるんだろう。只者ではなさそうだけど)
蒼「鞄、お持ちしますよ」
蒼(片手が自由になれば、言い訳なんてできないでしょう?)

桂「ありがとうございます」

   桂、吉岡に鞄を手渡す。

蒼(これまた高そうな鞄)
桂「……っ」

 桂、うろたえる。

蒼「どうされました?」
蒼(鞄の持ち方おかしかった!?)
桂「(頬を染めながら)いえ……我が家の玄関口で、吉岡さんが、おかえりなさいと鞄を受け取ってくれる映像が脳裏をよぎりまして……」

蒼M「病院行ってこい」

蒼(ったく、おかしな妄想しやがって)

蒼M「生意気な子供の方がまだ対応に困らない」

   桂、小さくカットされたナゲットの刺さったつまようじをつまむ。

蒼(やっと自分で食べる気になったか。にしても、この男がスーパーの試食コーナーでナゲットを持つと違和感しかないな)

桂「吉岡さん」
蒼「はい?」
桂「五十音順でいちばんにくる平仮名はなんでしょう」
蒼(なに? なぞなぞ?)
蒼「“あ”です」
桂「もう一度。ハッキリと」
蒼「え? だから、“あ”――」

   桂、蒼に急接近し蒼の顔を覗き込む。

桂「あーん」

   桂、蒼の口の中にナゲットを突っ込む。

蒼「(なにをするんだと訴える目)……!?」
桂「してもらうのもいいですが。こちらからするのも、たまりませんねぇ」
蒼「(食べながら口を開けたくないので言葉にできない)〜〜〜!!」
桂「美味しいですか?」

   蒼、ナゲットを呑み込む。

蒼「わたしが食べてどうするんですか!!」
桂「さて。初デートはどこに行きたいですか、吉岡さん」
蒼「流れも誘い方も絶妙におかしくないです!?」
桂「(真顔)いいえ? これはもう誘うしかないなと思いました」

蒼M「なんの使命感だよ」

桂「吉岡さんから仕入れたナゲットは、うちに運ばせておくとして」

蒼M「表現おかしくない? わたしは問屋かなにかなの? なぜに過去形?」

蒼「えっと……今日も買って帰ってくれるんですか」
桂「実は、既に購入済みです」

蒼M「いつの間に!!」

   従業員、店頭のナゲットを荷台で運んでいく。
   蒼、その様子を呆然と眺める。

蒼(なんだろうこの光景。さすがに二度も見るとシュールすぎる……って、売り場のナゲットがなくなったんだけど?)

蒼「ひょっとして、在庫も……」
桂「ストック含めてあるだけいただきました」

蒼M「また!?」

蒼「冷蔵庫に入ります?」
桂「お気遣いなく」

蒼(大家族なの? たぶん違うよね?)

蒼「困ります……!」
桂「なぜ?」
蒼「商品を買っていただけるのは嬉しいです。でも、在庫がゼロになるとわたしの仕事がなくなります。昨日だって売るものなくなったから、はやくあがらされたんですから」
蒼(アイスもらえたけど)

桂「どこに困る要素が?」
蒼「え?」
桂「貴女は時給でなく日給で雇われています。短時間で勤務を終えられた方が都合いいのでは」
蒼(そりゃあ、そうなればラクだけど……)

桂「貴女が求められているのは、商品を顧客に実際に食べていただくなどして販売率をアップさせ、リピーターを確保すること」

   桂、人差し指をたてる。

桂「目標達成です」
蒼(うーん、あなたが買い占めちゃうと、今日の売上だけあがって、広い意味では販売率あがらないんじゃ……?)
蒼「ちなみにリピーターになる気は」
桂「ありますとも。なんたって昨日のウインナーは、私が吉岡さんから初めて食べさせてもらった想い出の品ですからね。そして今日のナゲットもまた、貴女に初めてアーンした記念の品です。
 当然、死ぬまでリピート買いしますよ。
 これはメーカーにとっても悪い話ではないでしょう?」

蒼M「気持ちわるい!!」

蒼「純粋にナゲットを買いたかったお客さんの手に渡らないように思うんですけど」
桂「心外ですねえ。私とて切実に貴女からナゲットを買いたいお客なのです。独り占めしようが、早いもの勝ちです」

蒼M「なにと戦っているの? 他のお客さんは別にわたしから買いたいわけではないからな?」

桂「貴女が心配することは、なにひとつありませんよ。店頭で商品を買い逃した顧客の心理状態は“人気があるんだなあ。次は売り切れる前に買おう”ですので」
蒼「そういうものですか?」
桂「そういうものです」

蒼(言いくるめられているような気がするが、不思議と説得力があるのはどうしてだろう)

桂「しかしながら今日のナゲットに関しましては、比較的余裕がありましたので、予め夕方には店頭に在庫が回復するように手配してもらいました」

蒼(待って、いつから目論んでいたの?)

蒼「いや、夕方まで届かないなら結局わたしの出番ないんですけど」

   桂、無言で含み笑いする。

蒼M「……謀ったな?」

桂「なんにせよ貴女は給料分以上の働きをしたのです」

   桂、手首の腕時計に視線を落とす。

桂「本来なら残り五時間二十三分十二秒勤務するはずでしたが――おやおや、働き者の貴女は、随分と巻きで仕事を終えられましたね」

蒼M「アンタの仕業だろうが」

桂「と、いうことで。本来ここに立つはずだった時間を私にください」

蒼N「は?」

   店長、店頭に姿を現す。

店長「吉岡さん、あがっていいよ」
蒼「!」
店長「後片付け、こっちでやっておくから」
蒼「いえ。わたしが――」

蒼M「出会ったばかりの赤の他人のクセに、わたし勤務地と勤務時間を正確に把握しているのも。
 残り時間を秒単位で数えているのも。
 結局は自分に都合のいい御託を並べてきたのも、最高に気持ちわるい。
 そう思うのに――」

桂「行きましょう」

   桂、紙袋を店長に渡し、あいた手で蒼の手を掴む。

蒼「ちょっ……!?」

蒼M「握られた手を振りほどくことができないのは、この男が、無駄に顔がいいからで。
 胸がときめいてしまっているのも、やっぱりこの男か、無駄に美しいせいで。
 断じて、わたしがこのヘンタイに落ちたわけではない」

   桂、上機嫌に蒼を見つめる。

桂「お疲れ様です、吉岡さん」
蒼「……っ」

蒼M「落ちてたまるか」


〈第二話 おわり〉
< 3 / 21 >

この作品をシェア

pagetop