私と結婚しませんか
#03 恋なんて始まらない
第三話『恋なんて始まらない』


◯スーパー、事務所、廊下

蒼「ここ、関係者以外は立入禁止なんですけど」
桂「関係者ですよ?」
蒼「え、そうだったんですか」
桂「吉岡さんと私は既に関係しちゃいましたから」

蒼M「妙な言い方をするんじゃない。そっちから一方的に近寄ってきてるだけだろうが」

桂「どこへ向かわれているのですか」
蒼「ロッカー室です」
桂「そこで戦闘服を脱ぐというわけですか」
蒼「セントウフク?」
桂「エプロンのことですよ」

蒼M「わたしは戦地から帰ってきた兵士か」

蒼「えっと、カツラ……さん?」
蒼(佐藤社長と電話してるとき、たしか、そう名乗っていたよね)
桂「キヘンにツチ二つで桂です」
蒼(桂ね)
桂「なんでしょう、吉岡さん」
蒼(わたしの名前はエプロンにつけてる名札を見れば一目瞭然だもんな)
蒼「こうなることを見越していましたね?」
桂「はい。本来働いているはずの時間帯でしたら、さすがにダブルブッキングも回避できますからね」

蒼(ぶっとんでる)

蒼M「桂さんは、店長よりひと回り以上は年下に見える。なのにさっき、店長の方が桂さんにペコペコしていたように見えた。
 ほんと、何者なんだか」

蒼「暇なんですか」
桂「(真顔)いいえ。あなたを見つめるので忙しい」

蒼M「清々しいほどに気持ちわるい!!」

   桂、蒼の手を握ったまま歩く。

蒼「はなしてくれますか」
桂「誰も見ていません」
蒼「そういう問題じゃないです」
桂「吉岡さんにお会いする前に丁寧にハンドソープで洗いアルコール消毒もしました」
蒼「そういう問題でもないです」
桂「では、どういう問題ですか?」
蒼「繋ぐ意味がわかりません」
桂「(爽やかな笑み)私が繋ぎたいからです」

蒼M「ヤバい(※確定)」

   蒼、桂の手を力いっぱいふりほどく。

桂「次は恋人繋ぎします? 指を一本ずつ、絡めて」
蒼「しません」

蒼(サイコパスなのかな……)


◯同、ロッカー室前

桂「中に、どなたか?」
蒼「いないみたいですね。電気ついてないですし」
桂「失礼」

   桂、ロッカー室のドアノブを掴む。

蒼「は? ちょっと……」


◯同、ロッカー室内

   桂、ロッカー室へ入る。
   蒼、桂に続く。

蒼「なに入ってるんですか」
桂「人が来たら出ていきます」

蒼M「いやいやいや、今すぐ出てけ」

桂「入口に女性用とは書かれていなかった」
蒼「書いてないけどここは男性は入ってきません!」
桂「おや。そうでしたか」
蒼「桂さんって……。これまでずっとこうだったんですか」
桂「こう、とは」
蒼「マイペース、といいますか」
蒼(自己中心的で。強引で。というか狂っていて、目的の為なら手段など選ばないような……)
桂「私、マイペースですか?」

蒼M「無自覚!!」

蒼(なんで仕事早上がりして変質者の相手してるんだろう。これなら試食販売してる方が有意義なんだけど)

蒼「いつまでそこにいるんです?」
桂「二人きりでいられるうちは滞在しようかと」
蒼「…………」

蒼M「わかってはいたが、この男には、空気を読む力がないらしい。近づくなと言ったところでなんの効果もないだろう。むしろ――」

桂「脱がないんですか?」
蒼「あなたがいるせいで脱げないんです」

蒼(余計に近づいてきそうだ)

桂「吉岡さん」
蒼「(呆れ顔)なんですか」
桂「私と結婚しませんか」
蒼「…………」

蒼M「は?」

   蒼と桂、無言で見つめ合う。

蒼M「結婚?」

蒼(聞き間違えた? それともジョーク? だとしたら全然面白くもなんともない)

蒼「着替えたいので出てってください」
桂「せめてエプロン外すところだけでも眺めていっても?」
蒼「はよ出ていけや」
桂「はは、照れ屋さんですね」

   桂、ロッカー室から出る。
   蒼、呆然とする。

蒼M「ツッコミどころしかねえ」

   蒼、仕事着(エプロン、白シャツ、黒パンツを脱いでワンピースを頭からかぶる。

蒼(…………)
蒼「おかしいでしょ。結婚?……はあ?」

蒼M「桂という男の取り扱い説明書が今すぐ手元に欲しい」


◯同、事務所前

   蒼、事務所から出る。
   桂、パートの女性に囲まれている。背を向けていて蒼には気づかない。

蒼(なにあれ。マダムからモテてる。今のうちに逃げるか)

   蒼、忍び足でその場から離れる。

桂「あ、吉岡さん」

   桂、手を振って蒼に駆け寄ってくる。

蒼(後頭部にも目がついてるの?)

桂「私服も素敵ですね」
蒼「普通ですよ」
蒼(あなたが着ているような高いブランドものなんて一着も持っていないですし)
桂「くるりと三回まわってくれませんか」
蒼「まわりません」
蒼(わたしは犬か)
桂「では、私が地球のまわりを公転する月のごとく吉岡さんの周りを――」
蒼「まわらないでくださいね?」

蒼M「鬱陶しい!!」

桂「さて。どこに行きます? 駐車場に車を――」
蒼「帰ります」
桂「(目を見開く)え……?」

   蒼、桂と見つめ合う。

桂「それが吉岡さんの素直なお気持ちですか」
蒼「はい」

蒼M「関わっていられるか」

桂「そうですか。わかりました」


◯路上、住宅街

   桂、蒼の隣を歩く。

蒼M「急に大人しくなったな。奇天烈とはいえ、このルックスでお金もあるのだ。誰かに拒絶されることに慣れていないのだろう。
 悪く思わないでおくれよ。
 でも、どこまでついてくるの?
 駅まで送るつもりなのかな。
 桂さんと歩いていて気づいたことがある。
 スーパーで遭遇した不審者と本当に同一人物なのかと疑いたくなるくらい、紳士なのだ。
 一緒にいて嫌な気はしない」

蒼(横顔も、姿勢も、綺麗だな)

蒼M「なのに喋ると残念なんだもんなあ」

桂「まさか、初デートが吉岡さんのご自宅とは」

蒼M「は?」

桂「吉岡さんから招待してもらえるなんて、夢みたいです。嗚呼、動悸が」

   桂、胸をおさえ頬を染める。

蒼「……うちにあがる気ですか」
桂「お部屋デート、するんですよね?」
蒼「しませんけど!?」
蒼「ですが。『帰ります』と」

蒼M「一人で帰るって意味だ。誰がアンタを連れて帰るかよ」

蒼(もしかして、お家デートに浮かれて黙りこんでたの? 幸せ噛み締めてたの? ポジティブなの? いや、バカなんだなきっと!?)

蒼「来ないでください」
蒼(やっぱり残念すぎるよこのひと)
桂「では、私の家にいらしてください」
蒼「え!?」
桂「立ち仕事は、大変でしょう」
蒼(いきなりなんのハナシだよ)
蒼「もう慣れました」
蒼(どうやって撒けばいいのコレ)
桂「ふくらはぎは第二の心臓と呼ばれています」
蒼「そうなんですか?」
桂「はい。健康維持のために、しっかり揉みほぐすのがいいですよ。うちでマッサージして差し上げます」

   ×  ×  ×
   (蒼の脳内イメージ)
   桂の自宅、寝室。

   蒼、ベッドにうつぶせに横たわる。
   桂、蒼いのふくらはぎを揉む。

桂「どうですか、吉岡さん。気持ちいいですか」
蒼「はい。お上手なんですね」
桂「せっかくなので、もっと気持ちいいことしませんか」
蒼「え? なに言って……わっ!?」

   桂、蒼のワンピースの裾をまくりあげる。

桂「まずは服が邪魔なので脱がして差し上げましょう。でも、戦闘服はつけていてくださいね?」

   桂(荒い息、赤らめた顔、ヤバい目つき)、エプロンを手に持ち蒼を見下ろす。
   ×  ×  ×

蒼「(青ざめた顔)……行きません」
蒼(我ながらゲスい妄想をしてしまった。だけど、しっくりきすぎて怖い)

蒼M「桂さんって普段、どんなデートしてるんだろう。まったく想像できないな。車を停めてるって言ってたっけ。だとしたらドライブとか……? いや、どうでもいいわ」

   蒼、視界に交番を捉える。

蒼(今すぐ駆け込みたい)

   警官、タイミングよく出てくる。
   警官と蒼、目が合う。

蒼M(ハッ わたしのSOSを感じ取ってくれたんじゃ)

   警官、桂に視線を向ける。

警官「あれ。桂さんのとこの坊っちゃんじゃないですか」

蒼(!?)

桂「こんにちは」
警官「デートですか?」
桂「はい」
蒼(嘘つけ!)

蒼M「満面の笑みで答えるな。爽やかかよ」

桂「初……デート、です」

蒼M「頬染めんな。口元緩んでイケメン度ガタ落ちしてるぞ」

蒼(スーパーの店長だけでなく街の平和を守るお巡りさんまで味方につけてるの?)


◯駅構内、改札前


蒼「ここから先は一人で大丈夫です」
桂「そうですか?」
蒼(ここまでも一人で大丈夫でした)
蒼「一応確認しておきますが。デート、しませんから」
桂「それは残念。お忙しいのですね」
蒼(拒絶されてるって考えは一ミリもないのかな)
桂「家に帰られたあとは。なにをされてるんです?」
蒼「引きこもります」
桂「外にはあまり出られないと」
蒼「まあ。そうですね。人混みって苦手ですし……」
桂「吉岡さん」
蒼「なんですか」
桂「やっぱり私、貴女ともっと一緒にいたいです」

   桂、蒼を見つめる。

蒼「は……?」
桂「このまま別れたくはないです」

   蒼、目を見開く。鼓動がはやまる。

蒼「どこまで本気ですか」
桂「全て、本心ですよ」
蒼「おかしいでしょ」
桂「おかしいですか?」
蒼「どう考えても変です。あなたのアプローチの仕方は。言動だって」

   桂、少し間をあけて答える。

桂「お恥ずかしい話ではありますが。この年まで女性を口説いたことがありませんもので。どうやって吉岡さんとお近づきになればいいのか、わからないのですよ」

蒼M「……口説いたことが、ない?」

   桂、蒼に微笑みかける。

桂「恋人同士だと思っていいですか、吉岡さんと」
蒼「いやダメですよ」
桂「恋人になれない理由がありますか?」
蒼「むしろどうしてなれると思いました?」
桂「ドライブでもしながら体感してもらいましょうかね」
蒼(なにをだよ)
蒼「だから、デートには――」
桂「もう少しだけ、吉岡さんの時間を私に下さい。お願いします」

蒼M「駅は、もう、目と鼻の先だ」

桂「今日は、天気がいいですね。ピクニックなんてのも楽しそうです」

蒼M「このままサヨナラの四文字で突き放してしまえばいい」

蒼「さあ」

   桂、蒼に手を差し出す。

蒼M「その手を握ってしまえば、きっと後悔する」

桂「今度は吉岡さんから握ってくれると嬉しいのですが」
蒼「……っ」

蒼M「恋なんて始まらないと。
 そう、思うのに――」

   蒼、駅の出口に向かって歩き出す。桂の手は握らない。

蒼M「どうかしてる、ほんと」

蒼「お腹が空きました」
桂「美味しいサンドイッチをテイクアウトできる店を知っています」

   桂、蒼の隣(車道側)を歩く。

桂「それ持って公園でも行きましょうか」
蒼「外で食べるごはんって妙に美味しいんですよね。遠足のお弁当とか。海辺のバーベキューとか」
桂「引きこもりらしからぬ発言ですが」
蒼「そんな時代もあったというハナシです」
桂「わくわくしますね」
蒼「ちょっとします」
桂「ちょっとだけですか?」

   桂、蒼を覗き込む。

蒼「(桂から目を逸らしながら)……ちょっとだけです」
桂「私はとても胸が弾んでいます」
蒼「期待させたくないので最初に言っておきますが、わたし、桂さんとお付き合いするつもりは――」

   桂、蒼の頭を撫でる。

桂「いいえ。大いに期待しています」

   桂、口角をあげる。

桂「重いです」
桂「きっと今に、同じ気持ちになりますよ」

   蒼、顔を赤らめる。

桂「もしかして。もうなってます?」

蒼M「――ちがう、これはただの気まぐれだ」
 

〈第三話 おわり〉
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