私と結婚しませんか
#04 好きにならないで
第四話『好きにならないで』


〇セダン(黒)、車内

   桂、ハンドルを握る。
   蒼、助手席に座る。

蒼(運転する姿、様になるなあ)

蒼M「目を奪われるとは、まさにこのこと。
 こんなのドキドキしない方がおかしい」

蒼(口を開けば変人なのに)

   信号のない横断歩道手前。
   桂、車を一時停止。ベビーカーを押す母親に道をゆずる。

蒼(これがフツウなんだけど。案外できる人いないんだよね)

桂「可愛かったですね」

   桂、前を向いたまま蒼に話しかける。アクセルを踏み車は前進。

蒼「え?」
桂「赤ん坊です」
蒼(桂さんは子供が好きなのかな)
桂「(囁き声)蒼一」
蒼「……?」
桂「男の子だったら、お互いの名前から一字ずつとって“蒼一”でも素敵ですねえ」

蒼M「付き合ってもないのに子供の名前考えるな!!」

   車、赤信号で停止する。

蒼(ソウイチのソウって『蒼』だよね。それじゃあ……)
蒼「桂さんて名前に『イチ』がつくんですね?」
桂「恭一といいます」
蒼「へえ。キョウイチさん」
蒼(どんな字だろ)
桂「……っ」

   桂、口を手で覆う。

蒼「どうしました?」
桂「いえね。想像以上に、吉岡さんから名前で呼ばれるのは、いいものだなと」

蒼M「想像してたの?」

桂「是非ともこれからは。恭一さんと……呼んで……いただきたい」
蒼「青信号になりましたよ桂さん」

   桂、ニヤケ顔からキリッとした顔つきになる。

桂「いつも安全運転を心がけています」
蒼「それはなによりです」

蒼M「切り替わりパネェ」


〇海の見える公園、ベンチ

   蒼、サンドイッチを頬張りながら、桂の横顔に見とれる。

蒼(やっぱり食べ方、上品だなあ)

   桂、蒼を振り向いて微笑む。

桂「どうです?」
蒼「めちゃくちゃ美味しいです」
桂「こっちも食べて下さいね」

   桂、(高級)カツサンドを渡す。
   蒼、受け取り観察。

蒼(……ひと切れ二千円)

   蒼、カツサンドにかぶりつく。

蒼「(呑み込んだあと)……っ、最高です」
桂「こっちも最高です」
蒼「え?」

   桂、蒼に携帯のカメラレンズを向けている。

蒼「なに撮ってるんですか」
桂「はて。吉岡さん以外に誰を撮るのでしょうか」
蒼「なんで撮るのって意味です」
桂「ふふ。撮りたいからですよ」

蒼M「聞いたわたしがバカだった!!」

蒼「……まさか、動画ですか?」
桂「宝物にします」
蒼「今すぐ消してください」
桂「いいえ、スマホのSDカードとPCのハードディスクに可及的速やかに保存しておきます。初デート記念ですから」

蒼M「バックアップまでとんな!!」

蒼(サイアク。薄化粧で。私服だってこんなので。髪型も適当すぎるのに。いや、どんな姿も保存されたくないけどな?)
蒼「デートじゃないです。お昼ご飯食べてるだけです」
桂「照れてるところも、かわいいですね〜」
蒼(嫌がってるんです……!!)

   蒼、桂から顔を背ける。

桂「次は、吉岡さんの手作り弁当でピクニックしましょうね」
蒼「こんな美味しいサンドイッチ食べたあとで手料理振る舞うなんて。ハードル高すぎます」
桂「ピクニックはオーケーしてくれるってことですね?」
蒼「いや、別に、そういう意味では」
桂「してくれないんですか?」
蒼「…………」
桂「こっち向いてくださいよ」
蒼「向きません」
桂「バーベキューもしましょうね。私達の想い出のウインナー焼きましょう。ふーふーして下さい」
蒼「それは遠慮しておきま……」

   蒼、桂の方を向く。

蒼「ちょっと。いつまで撮ってるんですか」

   蒼、桂から携帯を奪い取ろうとする。
   桂、ヒョイと蒼をかわす。

桂「今までです」

   桂、(片方の口角を上げて笑い)ポケットに携帯をしまう。

蒼「……まったく」

   蒼、サンドイッチを完食。

蒼「ごちそうさまでした」
桂「口元にソースが」
蒼「えっ!?」

   蒼、(ハンカチを取り出すために)鞄を手を伸ばす。
   桂、蒼の顎に手をあて、蒼の顔を自分に向ける。

桂「ここに」
蒼「(目を見開く)……っ」

   桂、蒼に顔を近づけソースを舐めとる。

蒼(うおぉおおおお!?)

桂「(爽やかに)とれました」
蒼(どんな取り方してんの!!!)

蒼「(赤面)っ、信じられません」
桂「鏡で確認してみます?」
蒼「あなたの言葉じゃなくて行動が信じられないんです」

   蒼、ハンカチで口元をおさえる。

蒼(ビックリした……イケメンのドアップ心臓もたん……じゃなくて、こんなのって……)

桂「美味しそうだったので。つい」
蒼「ヘンタイ」
桂「否定はしません」
蒼(しろよ)
桂「さてと。少し、歩きませんか」


◯同、海岸沿い

   蒼と桂、並んで歩く。

桂「風が気持ちいいですね」

蒼M「悔しいくらい心地よかった。
 潮風も。そして、この男と過ごす時間も。
 桂さんに特別な感情が芽生えていくのがわかる。その正体を、わたしは知っている。
 忘れていた気持ち――というよりは、蓋をしていた気持ちが呼び覚まされていく」


   ×  ×  ×
   (フラッシュ)
   ロッカー室。

桂「私と結婚しませんか」
   ×  ×  ×


蒼M「……桂さんは結婚を急いでいるの?」


   ×  ×  ×
   (フラッシュ)
   車内。

桂「可愛かったですね」

桂「男の子だったら、お互いの名前から一字ずつとって“蒼一”でも素敵ですねえ」
   ×  ×  ×


蒼M「子供、すごく欲しそうだったな」

蒼(なんでわたしなんだろう。桂さんなら、もっと美人が釣り合うのに)

桂「ここでも一枚撮りませんか」
蒼「え……」
桂「すみません」

   桂、通りすがりのカップルに駆け寄り、カメラのシャッターを押すように頼む。

蒼(思い出なんて残してどうするんだろう)

   女性、カメラ(携帯)をかまえる。

女性「もっと寄ってくださーい」
桂「はい」

   桂、蒼の肩を抱き寄せる。

蒼(……またそうやって簡単に触れる)

   女性、シャッターをきる。
   (シャッター音)

   桂、女性から携帯を受け取る。

桂「ありがとうございました」
女性「(頬を染めながら)どういたしまして」

蒼(目がハートになってるぞ、彼女)

蒼M「気持ちはわかる。このルックスだ。
 だけど中身はとんでもないからな?
 こんな男扱えるの、ひょっとしたら、わたしくらいなんじゃ……なんて。
 ちょっと自惚れてしまいそうになったけど。
 その気持ちを、押し殺そうと思う」

桂「吉岡さん」

   桂、携帯の画面を蒼に向ける。

桂「バックに海が写っていて綺麗ですね」
蒼「……そうですね」
蒼(嬉しそうな顔しちゃってさ)

蒼M「桂さんは、何度も子供みたいな笑顔を見せてくる」

   ×  ×  ×
   (フラッシュ)
   交番前。

桂「こんにちは」
警官「デートですか?」
桂「はい。初……デート、です」
   ×  ×   ×

蒼(あの場では気持ち悪かったけど振り返ってみるとオモシロい)

桂「吉岡さんに送りますね。初デートの記念写真」
蒼「いや、イラナイです」
桂「(残念そうに)……そうですか」

蒼M「なんでそこでシュンとするの。
 こういうとき無理矢理送りつけてくるようなキャラでは?」

桂「吉岡さんがその気なら。私はプリントして会社のデスクに飾ります」
蒼「勘弁してください」
桂「ひとまずホーム画面にでもしましょうかね」
蒼「(引きつった顔)ええ……」
桂「どうです? 吉岡さんも欲しくなってきました?」
蒼「なってません」
桂「貴女はだんだん欲しくな〜る」
蒼「催眠術っぽく言うのやめろ」
桂「(はにかみながら)会えないときも吉岡さんの顔が見られるのが嬉しいです」
蒼「っ、」

蒼M「ヤバい。これは――……」

蒼(このままじゃ、この奇天烈紳士にハマりそう)

蒼M「ハッキリ言わなきゃ。
 あなたの恋人には、なれないと」

蒼「あの」
桂「次は土曜の朝から夕方まで出勤ですか」

蒼M「……え?」

蒼「なんでわたしのスケジュール把握してるんですか」
桂「愛の力、ですかね?」
蒼(佐藤の仕業だな)
桂「私は顔を出せそうにないのですが。頑張って下さい。子供からお年寄りまで飲める蜂蜜入りの青汁、売れるといいですね」

蒼(商品までバッチリ把握してるのが気持ちわるい)

桂「離れた場所で同じものを飲みながら。貴女のことを思い出しますね」
蒼「やめてもらっていいですか」

蒼M「次は仕事が忙しくて来られないってことなのかな。いや、来なくていいけどな? 平和に過ごせるし。それに。これ以上会ったら――」

桂「ですが、その次のゼリー販売になら駆けつけられるかもしれません」
蒼「どこまで把握してるんですか」
桂「可能な限り先まで」
蒼「あなたはわたしのストーカーですか」
桂「とんでもない」
蒼(いやストーカーです)

桂「ストーカーというものは。英語の“stalk”という動詞からきていますが」
蒼(ネイティブ並のイントネーションだな)
桂「獲物をつけ狙う。転じて人をつけまわし危害を与えている、という意味合いから『ストーカー』と呼ばれているわけですよね?」

蒼M「知らんがな」

蒼「あの、桂さん」
桂「私は貴女の家に気色の悪いものを送りつけたり。無言電話を続けたり。恐怖心や不安を煽る変態ですか?」
蒼「……いえ」
蒼(別のタイプのヘンタイです)
桂「貴女に危害は加えていない」
蒼「え? ええ……まあ」
桂「よって、私は貴女のストーカーではない」
蒼「はい。いや……本当に?」
桂「私はね、吉岡さん。純粋に貴女に一目惚れした一人の男です。好きな人のことは、なんだって知りたくなる性質(たち)なのです」

蒼(……好きなひと)

蒼M「まっすぐな想いが、妙にくすぐったい。
 まるで初恋でもしたみたいに」

蒼(って、どの口が言うんだよ。初恋なんてとっくの昔に終わったろ。乙女でもないし。今更そんな気持ちに――)

   蒼、桂の横顔に見とれる。

桂「いけませんか?」

蒼M「……どうしてわたしなんですか?」

蒼「わたし、今の仕事、割と気に入ってるんです。奪うような真似はやめてください」
桂「そうですね。これからは吉岡さんに直接お願いして、私のために時間を作ってもらいます」
蒼「……っ」

蒼M「恋愛していなくともそれなりに欲はある。求められるのも甘やかされるのも悪い気はしない。
 けれど、わたしは、未来を約束するのがどうしても苦手なのだ」

蒼「知らないところでコソコソとわたしのこと調べるのはやめてください」
桂「はい。堂々と吉岡さんに伺います。ご予定も。お好きなものも」

蒼M「これから……」

   蒼、俯く。
   桂、静かに蒼を見つめる。


◯同、駐車場


   蒼と桂、桂の車の助手席の横に立つ。

蒼M「言えなかった。
 これで最後にしたい、という一言が」

蒼(なにを言っても無駄だと思うから? いや、ちがう。そうじゃない)

   桂、助手席のドアをあける。

桂「どうぞ」
蒼「一人で帰れます」
桂「え?」

蒼M「躊躇してるんだ。桂さんを拒絶することを。わたし、また会いたいって思ってる。それどころか今だって離れたくなくなってる。
 これ以上一緒にいちゃダメだ。
 今離れなきゃきっと、わたし、桂さんのことが――」

   蒼、作り笑いをする。

蒼「サンドイッチ、ご馳走さまでした」
桂「恋人失格ですね」

蒼M「え……?」

桂「貴女を無理に笑わせてしまった」
蒼(……!!)
蒼「違うんです。これはわたしの問題で……。というか、そもそもに恋人じゃないです」
桂「吉岡さん」
蒼「はい」

   蒼、桂、見つめ合う。

桂「今すぐ抱き寄せキスしたい衝動にかられていますが、公衆の面前なので自粛します」
蒼「……そういう配慮できたんですね」
桂「心得ています」
蒼「ソース舐めたクセに」
桂「あれは我慢できませんでした」

蒼M「真顔で恥ずかしいこと言わないで」

蒼「公衆の面前でなきゃ。……キスするんですか?」
桂「ええ」
蒼「わたしに断りもなく?」
桂「はい」

蒼M「なんて自分本位なんだろう。
 そう思うのに、桂さんのこういうところが、嫌じゃない。
 嫌じゃないから困るのだ」

蒼「キスすれば落とせると?」
桂「いいえ。断りを入れないのは、貴女を軽んじているからではありません」

   桂、優しく微笑みかける。

桂「断りを得ずとも顔に書いてあるんですよ」
蒼「……書いてある?」

   桂、蒼の腕を引き寄せる。

桂「“抱きしめて欲しい”」

   蒼、目を見開く。

桂「“帰りたくない”」
蒼「……そんなこと。思って、ない」
桂「嘘ですね」

   桂、蒼を助手席に座らせると扉を閉める。


◯セダン(黒)、車内

   桂、運転席から乗り込んでくる。

蒼「あの、わたし……」
桂「“場所なんてどうでもいい”」

   桂、蒼にキスをする。
   蒼、桂の胸を押す。

蒼「やめて」
桂「“もっとして”」

蒼M「常識とか、恥じらいとか」

   桂、(蒼の頭のうしろに手をまわし)再び蒼にキスをする。
   蒼、抵抗する力が弱まり桂を受け入れる。

蒼M「強がりとか、抵抗とか。
 この男の前では無意味に思えてくる。
 見せかけの言葉も通用しない。
 忽ち崩されてしまう。
 ――ヤバい。
 理性が飛んでしまいそうな、キス」

桂「蒼さん」

   桂、蒼を見つめる。

蒼(なんで……こんなときだけ、名前……)

桂「好きです」
蒼「好きにならないで」
桂「その要求は、お受け致しかねます」
蒼「なんで……」
桂「もう大好きになってしまったから。それでももっと好きになりたいからです」

蒼M「この人は、ただ、気持ちを押しつけているわけじゃない。ちゃんとわたしのことを想ってくれている。
 わたしの気持ちも、見透かしている」

蒼「桂さん言いましたよね。今度はわたしから手を握ってくれると嬉しいと」
桂「はい」
蒼「資格が、ありません」

   桂、目を見開く。

蒼「わたしにはあなたの手を握る資格、ないんです」


(第四話 おわり)
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