私と結婚しませんか
#05 後悔させてあげます
第五話『後悔させてあげます』


◯(回想)高校、教室(夕方)

   雨の日の放課後。
   蒼、男子生徒と二人きり。

男子「今日は髪巻いてねーんだ?」
蒼「雨だとすぐに崩れちゃうから」
男子「俺こっちの方が好みかも」
蒼「え〜? 手抜きの方が?」
男子「嘘。どっちも可愛い」
蒼「ハイハイ」
男子「ほんとだって」

   男子、蒼にキスをする。

男子「付き合おーよ」
蒼「……うん」

蒼M「今でこそ引きこもり気質かつ一人牛丼、一人ラーメン上等なオッサン女子と化したわたしだけれど、恋多き乙女だった。
 あの頃の生活は、なんていうか、少女漫画みたいな日々で。
 甘い気持ちも苦い気持ちもたくさん覚えた。
 三年間で四回カレシが変わったと言うと、人によっては多いと指摘するだろう。実際、遊び人だと影口を叩かれたりもした。
 それでも大いに青春を楽しんでいた。
 それがわたしの高校時代の記憶だ」


◯(回想)大学、大教室

蒼「その帽子、オシャレですね。どこに売ってたんですか」
先輩「さあ。どこだったかな」
蒼「えー、なんとか思い出してくださいよ」
先輩「ウソウソ。覚えてる」
蒼「どこですか!?」
先輩「連れてってやるよ」

蒼M「大学に進学してすぐに仲良くなった先輩と」

◯(回想)蒼マンション、エントランス前(夜)

蒼「送ってくれてありがとうございました。先輩と同じのは売り切れちゃってましたが、お気に入りの見つけられて大満足です」
先輩「帽子くらい買ってやったのに」
蒼「いやいや。付き合ってもらえただけでも有り難いのに。あ、わたしバイト始めたんですよ。初任給出たらご飯行きませんか。奢ります!」
先輩「生意気なんだよ後輩」
蒼「へへ」
先輩「なあ吉岡」
蒼「なんですー?」
先輩「俺、オマエ好き」

蒼M「トントン拍子に付き合った」


◯(回想)温泉宿(夜)

   蒼、露天風呂からあがり浴衣姿で部屋に戻る。

蒼「雪降ってきたのビックリしたね!」
先輩「綺麗だったな」

蒼M「大学生というのは学生でありながら、もう子供ではなくて」

  先輩、布団に蒼を押し倒す。

蒼M「先輩はわたしの初カレではなかったけど、わたしは先輩にたくさんの“初めて”を捧げた。
 彼がわたしの人生で最も長く付き合った男であり、最も多くの想い出を作り、最も愛し合った男である」


◯(回想)蒼のマンション、洗面所(朝)

蒼M「互いに一人暮らしなのもあって泊まりあいっこして」

   蒼、先輩と歯磨きをする。

蒼M「買い出しに行って、ご飯作って、一緒に同じもの食べて」

◯(回想)蒼マンション、キッチン

   先輩、まな板の上でキャベツを切る。

蒼「千切り上手だね」
先輩「蒼がなんにもできなさすぎるだけ」
蒼「え、ひどい」
先輩「部屋に大きめのテレビ置く気ない?」
蒼「んー、別にないけど。なんで?」
先輩「一目惚れして買うか迷ってるのがあるんだ。でもうち狭いし、蒼の家にいることの方が多いし、ここに置くのどうかなって」
蒼「いいの?」
先輩「蒼さえよければ」
蒼「映画とか見たら迫力ありそう!」
先輩「よっしゃ。買うか」

蒼M「ああ、このまま先輩とずっと一緒にいるんだろうなってことを、疑いはしなかった」


◯(回想)蒼マンション、部屋(夜)

   蒼と先輩、購入した大型テレビで映画鑑賞。

蒼「おもしろかったね」
先輩「やっぱ画面デカいのいいな。次はとびきり怖いやつでも見るか」
蒼「ええ!? そんなの見たら眠れなくなるよ」
先輩「いつも俺より先に寝るクセに」
蒼「そうだっけ?」
先輩「蒼の寝顔オモシロいよな」
蒼「はあ!?」
先輩「無防備に寝てるオマエ見て。好きだなーって、思う」
蒼「(赤面)……っ」

   先輩、蒼の頭を撫でる。

蒼M「――幸せだった。
 結婚したり、子供ができたらって未来を想像したことはなかったけど、先輩のいない人生は考えられなかった。
 けれど先輩は、そうは思ってはいなかったんだ」


◯(回想)蒼マンション(夜)

   蒼、(暗い部屋で)携帯の画面を見つめ涙を流す。

   (画面のメッセージ)
   蒼【別れたくない】
   先輩【ごめん。蒼のこと好きかどうかわからなくなった】

蒼M「あっけないものだった。
 社会人になり生活環境がガラリと変わった先輩と大学生のわたしは、小さなことで何度も衝突し合い、すれ違い、溝はどんどん深まり。
 埋められないものとなった」

   (画面のメッセージ)
   蒼【荷物送ろうか?】
   先輩【全部捨てておいて】
   蒼【…テレビは?】
   先輩【蒼の好きにしてくれていい】

蒼M「それから毎日先輩のことを思って泣いた。やり直したくて仕方なかった。たくさんの後悔が生まれた。
 だけど一ヶ月もたたないうちに共通の知り合いから先輩に彼女ができたと聞いて、涙も枯れた。
 始まりがあれば終わりもある。愛はいくらでも生まれ変わる。
 それが、わたしが人を好きになって得た教訓だった」

(回想終わり)


◯セダン(黒)、車内

   ×  ×  ×
   (フラッシュ)
   桂の車内。

蒼「わたしにはあなたの手を握る資格、ないんです」
   ×  ×  ×


蒼M「やっと言えた――というよりは。
 言ってしまった、という気持ちの方が今は大きい。
 それでも伝えておくべきなのだ。
 わたしがどういう人間かということを」

桂「資格、というのは?」

蒼M「友達がノロケていても、結婚したという話を聞いても、幸せそうなカップルや夫婦を見ていても。
 どこか、違う世界の出来事みたいに思えて。まるで現実味がなくて。
 それらを微笑ましいと思えることはあっても、羨ましいと感じられない自分がいる。
 昔は楽しいと思えたことに一切の興味がなくなった。
 他人にも自分にも潔癖になった」

蒼「わたしには、誰かの奥さんになったり子の親になるような未来、少しも思い描けないんです。というよりは。望んでいないんです」

蒼M「結婚願望のある桂さんとは、お付き合いできない。わたしとの未来を勝手に想像して盛り上がらないで欲しい」

桂「なるほど。そうでしたか」
蒼「それに、わたしにとって恋愛はお遊びってイメージです。ままごとみたいな」
桂「ままごと、ですか」
蒼「ひととおり経験して飽きたのかもしれません」

蒼M「髪を巻いたりメイクをしたりお洒落な洋服を着たりして好きな人から可愛く見られたいような気持ちはすっかりなくなった。
 なくなっていた、はずだった」

蒼「慣れって怖いですよね。昔は手を繋いだりキスしたりするのは恋人以外あり得ないって思っていたのに。今は雰囲気で、できちゃいます。あなたとしたみたいに」

蒼M「あの頃に抱いたような気持ちを、今更思い出したくない。
 わたしはこのまま独身を貫く。
 だから、お願い。これ以上深入りさせないで」

   桂、(表情を崩さないまま)蒼を見つめる。

蒼「わたしは淑女じゃないんです。あなたの期待にはとても応えられそうにない」

蒼M「これで終わり。さよならだ。
 桂さんとの“次”なんて、永遠に来ない。
 この人とは、これ以上向き合えない。
 住む世界も進む未来も別々なのだから」

桂「よくわかりました」

蒼M「自分から遠ざけたクセに。
 ……胸が、痛む」

桂「シートベルトしてください」
蒼「いえ。送ってもらわなくても、ここからなら一人で帰れます」
桂「朝まで一緒に過ごしましょう」

蒼M「……え?」

蒼「なんでそうなるんですか」
桂「離れるのが惜しいからです」
蒼「わたしのハナシ、ちゃんと聞いてました?」
桂「話してくれてありがとうございます。おかげで安心しました」

蒼M「安心?」

蒼(どこに? わたし、桂さんを安心させるようなことなんて、ひと言も……)

桂「吉岡さんが私から離れる理由が、一つも見当たらない」

蒼M「……!!」

桂「結婚願望がない? 淑女じゃない? そんな理由で私から逃げられちゃ困ります」
蒼「そんな理由ってなんですか。わたしは真剣に悩んでるのに」
桂「悩む必要があるのですか?」

蒼M「すっかり孤独が板についてから、相当に捻くれてしまった。昔の自分に戻れるかといったら不可能だろう。こんなわたしを誰が愛してくれるというのか」

蒼「自分でいうのもなんですが。わたし、ややこしい人間なので。後悔することになりますよ」
桂「私よりですか」
蒼「え?」
桂「私より手がかかりますか」

蒼M「――桂さんより?」

蒼「いや……桂さんほどは……。っていうか自分がめんどくさいって自覚あったんですか?」
桂「ありますよ。今から吉岡さんのややこしいところを知って存分に後悔したいです。嗚呼この子は、なんて手のかかる子なのだろうと。それが私の幸せです」
蒼「それはかなりめんどくさいですね」
蒼(ドエムなの……?)

桂「似たもの夫婦っていう言葉もあるじゃないですか。うまくいきますよ、私たち」
蒼「簡単に言わないでください」
桂「私の言葉が信じられませんか」
蒼「その気持ちはいずれ冷めますよ」
桂「心配なら今から婚姻届出しに行きましょうか。そのあと私をがんじがらめに縛りますか。精神的にも肉体的にも」
蒼「だから結婚する気ないって言ってるだろうが」

蒼M「意味がわからない。
 冷められるようなハナシをしたのに、なんでヒートアップしてんの。
 やっぱりただのヘンタイなの?」

桂「私だって結婚願望はありませんよ」
蒼「……は?」
桂「貴女とより深く繋がるためにはどうするべきかと考えたとき。その答えが、結婚という契約だったのです。だから思わずプロポーズしてしまいました。誰もいないロッカー室で貴女と二人きりになって、思わず好きが溢れたのです」

蒼「飛躍しすぎだろう!!」

蒼「まずはお付き合いからって考えなかったんですか?」
桂「貴女と確実に繋がりたかった」
蒼「気持ちわるいです」
蒼(ついに言葉に出して言ってしまった)
桂「他の男にとられたくないなと焦ってしまったのですよ。余裕がなくて申し訳ない。それで貴女を不安にさせるなんて思いませんでした」

蒼M「わたしが誰かにとられる?
 そんな心配どこにもないっつーの」

蒼「結婚そのものに憧れがあるわけでは?」
桂「ないですね。吉岡さんとの結婚だからこそあっさりイメージできてしまっただけで」

蒼M「桂さんは、やっぱり変だ」

蒼「怖いです」
桂「怖い?」
蒼「なにも知らない相手に、よくそんなこと断言できますね」
桂「なにも知らなくないですよ。私は吉岡さんが素敵な方だと思ったから近づきました」
蒼「え?」
桂「今日もまた、素敵なところを発見しました」
蒼「なに……勝手に見つけて……」
桂「ツンな吉岡さんも好きですが。そろそろデレも見せてもらいたいです」

蒼M「桂さんは宇宙みたいな人だ」

桂「本気で私が迷惑なら。どうぞ車から降り、通行人に助けを求めて下さい。そいつは気味の悪いストーカーだ、と」

蒼M「とんでもなく、未知」

蒼「そのときは潔く諦めると?」
桂「いいえ。それでも私は全力で吉岡さんを追いかけるでしょう」
蒼「もはや犯罪者です」
桂「貴女を想うことが罪というならば。私はそんな未来も受け入れるしかないですねえ」
蒼「笑えないです」
桂「まあ。そんなことにはなりませんが」
蒼「そうなんですか?」
桂「だって吉岡さん、私のこと迷惑だなんて一ミリも思っていないじゃないですか」

   蒼、目を見開く。

桂「だから、安心して吉岡さんをデートに誘えます」

蒼M「――ねえ、桂さん」

桂「さて。貴女がどれだけ手のかかる可愛らしい女性か、ということを。一生かけて私に教えて下さい」

   桂、シートベルトをしめる。

蒼M「わたしを選んだこと、死ぬほど後悔させてあげます」


(第五話 おわり)
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