私と結婚しませんか
#08 うれしくない
第八話『うれしくない』


◯蒼マンション、ダイニング(深夜)

   (通知音)
   (メッセージ)
   23:02
   桂【起きてます?】

   蒼、携帯を握りしめ微笑む。

蒼M「彼からのメッセージに秒で既読をつけてしまったとき、画面の向こうで彼がほくそ笑んでいるような気がした」

◯タクシー、車内(深夜)

   (メッセージ)
   蒼【おきてます!】 

   桂、携帯の画面を見て微笑む。


◯同、玄関前(深夜)

   蒼、扉をあけると桂が立っている。

桂「夜分遅くにすみません」
蒼「……酔ってます?」
蒼(ちょっと顔、赤いような)
桂「ええ。少し」
蒼「あがってください。今、水を入れ――」
桂「吉岡さん」
蒼「!」

   桂、中に入ると蒼の頬に手を当てる。
   玄関の扉がしまる。

蒼「桂さん?」
桂「逢いたかった」
蒼「(目を見開く)……っ」

蒼M「同じ気持ちだったんだ。
 桂さんと、わたし」

   蒼、桂を見つめる。

蒼(……見すぎだよ)

蒼M「拒んだのに。
 一緒にいる資格ないって思ったのに」

桂「髪、おろしてるのも。素敵ですね」

   桂、蒼の髪を耳にかける。

桂「切ったんですか?」

蒼M「会いに来てくれたのがすごく嬉しい」

蒼「……よくわかりましたね。そんなに長さ変わってないのに」
桂「わかりますよ。メイクも違いますね」
蒼「ま、まあ」

蒼M「満たされていく」

桂「私のために可愛くして待ってくれていたんですね?」
蒼「っ、それは――」

   蒼、目をそらす。
   桂、(愛しそうに)目を細めクスリと小さく微笑む。


◯同、ダイニング(深夜)

   蒼、キッチンから(グラスに入れた)水を持ってくる。

蒼「どうぞ」

   桂、蒼から水を受け取る。

桂「ありがとうございます」

   桂、グラスに口をつける。
   蒼、桂の口元を見て車の中でのキスを思い出し照れる。

蒼「遅くまでお疲れ様です」
桂「貴女に逢えると思うと元気百倍でした」
蒼「アンパン◯ンですか」
桂「はい。空を飛んできました」

蒼M「ほんとに飛んできそうだな。
 ハングライダーとかで」

蒼「なに飲んだんです?」
桂「日本酒ですね」

蒼(なんか大人って感じがする。同級生はカクテルとかサワー頼むから)

蒼M「お酒、強いのかな」

蒼(お酒で気が大きくなったり荒ぶる人って嫌だけど。桂さんは穏やかだな)

桂「私の顔になにかついてます?」
蒼(ガン見しすぎた)
蒼「あ、いや。うちに桂さんがいるって。不思議だなあって。狭くないですか?」
蒼(桂さんの家は何倍も広そうな気がする)
桂「とても居心地がいいですよ」
蒼「そう……ですか?」
桂「この部屋の空気を瓶に詰めてお土産にしたいくらいには」

蒼M「たとえが気持ちわるい!!」

蒼M(ただのイケメンだと緊張しちゃうけど。ある意味こういうところがあるからこそ対等に話せちゃうのかもしれないな)

蒼「うちは甲子園ですか」
桂「甲子園?」
蒼「出場したチームか土を持って帰るじゃないですか」
蒼(負けたチームが涙ぐんで詰めて帰るよね)
桂「でしたら持ち帰れませんね」
蒼「え?」
桂「この勝負には勝ち続けなければならないので。優勝したのちには、丸ごと奪っていきましょう」

   蒼、ドキッと胸が鼓動する。

桂「シャワー、借してもらえますか」


◯同、洗面所(深夜)

   (シャワー音)

蒼「タオルと着換え、ここに置いておきますね」
桂「ありがとうございます」

   桂、半透明のガラス扉の向こう側から返事をする。

蒼(弟が泊まりにきたときに用意したユニ◯ロのスウェットが活躍することになろうとは)


◯同、部屋(深夜)

   蒼、桂のスーツとシャツをハンガーにかけてつるす。
   ポケットから名刺入れが落ちる。

蒼「あっ」
蒼(落としちゃった……!)

   バラ撒いた中身をケースに丁寧に整えていれる。

蒼「って」
蒼(代表取締役、常務、専務……)

蒼M「今夜食事してた相手の名刺だろうか。なにやら肩書のすごい人ばかりだが」

蒼「折れなくてよかった」

   ポケットにしまい、一息つく。

桂「可愛いお部屋ですね」
蒼「!」

   桂、背後から蒼に声をかける。
   蒼、振り返る。

蒼(わあわあ。濡れた髪が滴る姿もまた色っぽい……)

   蒼、視線を落とす。

蒼M「裾足りてない!!」

蒼「サイズ合ってないですね。動きにくいですか?」
桂「大丈夫です」
蒼(ダサい。ダサすぎる。それが面白い。写真撮りたい……)
桂「どなたのですか」

   桂、鋭い目で蒼を見る。

蒼M「……え?」

桂「男モノですよね」
蒼「ああ、それはですね。弟が泊まりに来たときに買ってあげたんです」
蒼(怒ってる……?)
桂「そうでしたか」

   桂、はにかむ。

蒼M「いや、ちがう。
 これは――ヤキモチだ」

蒼「あ、あのですね。さっきポケットから名刺入れを落としてバラ撒いてしまいまして。大切なものなのに、すみません。確認してもらえますか。順番とか状態とか……」
桂「気にしないで下さい」
蒼(優しい)
桂「ここで蒼さんは暮らしているのですね」

   桂、部屋を見渡す。

蒼「え、まあ。はい」
蒼(あんまり見られると恥ずかしい)

蒼M「うちにはソファもお客様用の布団もない。寝具はシングルベッドひとつだけ。
 つまり、今夜は、そのベッドで一緒に眠るという選択肢しかない」

蒼(桂さん、“その気”で泊まるんだよね……?)

蒼M「改めてみても、やっぱり美しい横顔で。ただのイケメンモードの桂さんのこと、意識しすぎてどうにかなってしまいそうだ。
 今夜わたしは、この男に――」

桂「いつもこの時間には眠られてますか?」
蒼「いえ、たいてい起きていますよ」
蒼(夜は静かで執筆に向いてるんだよね。頭がまわらないときは潔く寝て、早起きして早朝に書くと結構進んだりするんだなあコレが)

桂「なにしてるんです?」
蒼「え、まあ。色々と調べものしたり」

蒼M「この年になってイチから小説家を目指しているなんて無謀とも言える夢を、目の前の社会的地位の高いであろう男に語るのに躊躇するものがある。
 コンテストで大賞でもとってさ。本屋さんにドーンと自分の本が平置きで並んでいれば誇れもするが。
 物書きの端くれですとは、とても言えない」

桂「今日はやらなくても大丈夫なんですか?」
蒼「えっ、だって。桂さんがいるのに」

   桂、目を見開く。

蒼「今する意味ありますか……?」
蒼(桂さんのことが知りたい。でも、お疲れだろうからはやく寝させてあげなきゃという気持ちもある。接待とかって、よくわからないけど、精神削れそうだし)

蒼「ドライヤー使います?」
桂「……はい」
蒼「ちょっと待ってくださいね。用意します」

   蒼、ドライヤーのコンセントをさし桂に渡す。

蒼「どうぞ」
桂「吉岡さんが乾かしてください」
蒼「へ?」
桂「ダメですか?」
蒼「ダメ……では、ないです」

蒼M「甘えん坊な桂さんのこと。
 不覚にも、可愛いと思った」

蒼(ウインナーのアーンはドン引きしたけどな)

   蒼、桂の髪を乾かす。

蒼(めっちゃサラサラ)

蒼M「整髪料のとれた桂さんは、雰囲気が幼くなって、とても若く見えた。新社会人――いや、現役大学生と言われても信じてしまいそうなくらいには」

蒼(おろしてるのもカッコイイ)
蒼「乾きました」

   蒼、ドライヤーを消しコンセントからプラグを抜き片付ける。

桂「ありがとうございます」
蒼「いくつなんですか」
桂「当ててみてください」

   蒼、桂の顔をまじまじと見る。

蒼「……未知です」
蒼(二十代だとは思うが、ひょっとすると桂さん、学ランもすこぶる似合うのでは)

桂「年の差どのくらいが理想ですか」
蒼「そういう考え方、しないです。素敵な人はいくつでも素敵ですから」
桂「安心しました」
蒼「え?」
桂「オジサンは嫌いだと言われたら明日からコールドスリープして八年間の眠りにつくところでした」

蒼M「どこのSFの世界だよ!!」

蒼「……ということは、八歳差……。三十ですか!?」
桂「はい」
蒼(全然見えないぞ)
桂「意外ですか?」
蒼「なんでそんなに肌綺麗なんですか。シワもないし」
桂「どうしてでしょうね。吉岡さんに恋したからですかね」

蒼M「乙女か」

蒼「羨ましい」
桂「吉岡さん、十分お綺麗ですよ」
蒼「って、わたし桂さんに年齢言いましたっけ……?」

   桂、微笑んだまま答えない。

蒼(また佐藤か? 佐藤が教えたのか? 個人情報保護って一体)

蒼「わっ」

   桂、蒼の腕を引き膝の上に乗せる。

蒼「…………」
桂「柔らかい」

   桂、指で蒼の頬をつっつく。

蒼「なにするんですか」
桂「吉岡さん」
蒼「はい」
桂「寝ましょうか」
蒼「……はい」
桂「豆球派ですか。真っ暗で寝たい派ですか」
蒼「後者です。桂さんは?」
桂「私もですよ。いつもなら」
蒼「え?」
桂「今夜は眠りにつく直前まで吉岡さんの顔が見ていたいのです」

   (暗転)
   豆球に明かりが灯っている。
   蒼と桂、仰向けでベッドに横になる。

桂「かわいいベッドですね」
蒼「狭いと言ってくれていいですよ」
桂「吉岡さんと近くて嬉しいです」

蒼M「近いというか。もう。
 ……くっついている」

蒼(ドキドキしすぎてヤバい)

蒼M「桂さんは、やっぱり紳士だ」

蒼(すぐに襲いかかってくると思ってたのに)

桂「お休みなさい」
蒼「……おやすみなさい」

蒼M「どうしてこんなに近くにいるのに、なにもしてこないんだろう」

蒼(もしかして、わたしの魅力が足りないんじゃ……。一緒にいたら普通すぎて手を出したくなくなったとか。それとも疲れているからかな)

蒼M「男の人って、もっと、がっつくものだと思っていた」

蒼「……寝ました?」
桂「いいえ」
蒼「明日、何時に起きますか」
桂「七時には下に車を呼ぼうかと」
蒼(七時……)

蒼M「早く寝なきゃ明日がしんどいパターンだな」

蒼(そっか。桂さん、する気ないんだ)

蒼M「もどかしい。
 こんなに近くにいるのに、寂しい」

桂「ここに来る途中」
蒼「?」
桂「ある物を買いました」
蒼(……? なんだろ。タバコ吸ってそうにないし。歯ブラシ持ってきてたから、あの歯ブラシかな)

蒼「なに買ったんです?」
桂「コンドームです」
蒼(……!!)
桂「色々と種類がありましてね。聞けば、それぞれに特徴があるらしいんですよ」

蒼M「聞いたの?」

桂「薄さや香り、質感など。私ひとりの好みで決めてしまうのもなんなので。とりあえず全ていただいてきました」

蒼M「そんなやつおらへんやろ」

蒼「……適当に決めてくださいよ」
蒼(なんなの。大人買いが趣味なの? ってことは、なんだ。あの高そうなビジネスバッグにはコンドーム詰合せが? 職質にでも合ってみろ。警官もビックリだ)

桂「正直迷ってます」
蒼「オーソドックスなやつでいいんじゃないですかね」
蒼(ムードもなにもない)
桂「いえ、そっちではなく」
蒼「?」
桂「今夜は、このまま何もしないで過ごすのもいいなと思うんですよね」

蒼M「……え?」

桂「とても落ち着くのです」

蒼(落ち着く?)

蒼M「わたしはこんなに心臓爆発しそうなのに。覚悟をきめて泊まってもらったのに」

桂「吉岡さんの隣で眠ることができて。胸いっぱいです」

蒼M「なんだろう。
 ――うれしくない、それ」

蒼「……新しい下着まで買ったのに」

   桂、目を見開く。

蒼「女としてイマイチって言われた気分です。散歩に連れて行って。ご飯あげて。キスは単なるスキンシップで。添い寝して満たされるような。桂さんにとって可愛がるって、そういうことですか。それなら……ペットと変わらない」
桂「吉岡さん。私は――」

   桂、蒼を見る。

蒼「あんなキスしておいて生殺しですか」

蒼M「わたしは、まだまだ大人になれそうにない」

   蒼、片腕を曲げ顔を覆い隠す。

桂「吉岡さん」
蒼「もうやだっ……」

   蒼、寝返りして桂に背を向ける。

蒼(バカみたい。こんなこと言って桂さん困らせて)

桂「自惚れていいですか」

   桂、蒼の耳元で囁く。

桂「はやくセックスがしたい、という風に聞こえるのですが。そう受け取っても?」
蒼「そんなの……いちいち確認しないでくださいよ」
蒼(この状況でNGっていう方がおかしいだろうが)
桂「蒼さんからおねだりされるとは思いませんでした」
蒼「……っ」
桂「買ってきたやつ全て試しますか」
蒼「殺す気ですか」
桂「ハネムーンはスイスとかいかがですか」
蒼「話の流れが完全におかしいです。というか、結婚する気ないです」
桂「つくづく貴女は私を紳士でいさせてくれませんねえ」

蒼M「……え?」

桂「凄くかわいいです。蒼さん」
蒼(また、急に、名前で呼ぶ……)
桂「イマイチなわけ、ないじゃないですか」

   桂、蒼を抱きしめる。

桂「死ぬほど愛しい女性(ひと)です」

   桂、蒼の首筋にキスをする。

桂「余裕ぶらせて下さいよ」
蒼「……っ」
桂「まあ。もう我慢なんてしませんが」

   桂、蒼の頭を撫でる。

桂「欲しいに決まっているじゃないですか。壊してしまいそうなくらい」

   蒼、桂の方を向く。
   蒼と桂、見つめ合う。

蒼M「――いっそ、この男になら壊されてもいいかもしれないと」

   桂、蒼にキスをする。
   蒼、桂のキスに応える。

蒼M「そんなバカげた考えが浮かんでしまうくらいには。
 はやくもわたしは桂恭一という人間にハマってしまったのだと思い知らされたんだ」


(第八話 おわり)
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