夜明け3秒前
3.暁
8月1日、出発する日。
今日も結局あまり眠れずに、朝方に目を覚ました。


支度をして、早めの朝ごはんを食べて、忘れ物がないかもう一度キャリーケースとかばんの中をチェックする。

待ち合わせの時間までまだ余裕があるけれど、何かをしていないとドキドキして不安で、ウロウロと意味もなく自分の部屋を歩き回った。


すると、携帯がピコンと鳴る。


『おはよ、今日から旅行だよね?流川に何かされたらすぐ連絡すること!楽しんでおいでね』


麻妃からだった。
この文を読むだけで、彼女がどんな表情で文字を打ったのか想像できて少し口元が緩む。


返信を打って送ると、そのあと流川くんからもメールが来た。


『おはよう、忘れ物しないようにな!』


二人の優しさが嬉しくて、緊張がほぐれていく。
少し早いけれど、もう家を出ようかな。


ふうっと一息ついて、リビングへと向かう。
出勤時間が迫ってきているせいで慌ただしい父と、その用意を手伝っている母がいた。


「あの……行ってきます」


あまり空気がよくないから無視されるだろうか、と思ったけれど、2人ともこちらを向く。


「フン、もう行くのか。お前がしばらく帰らないと思うと清々するな」


レザーのビジネスバッグを持つと、私の方へと歩いてくる。
威圧的に見下ろして頭を鷲掴みし、父と目が合うように上へと向けられた。


「いいな、絶対に余計なことはするなよ。約束を破ったらただじゃ置かないぞ」


とても低い、威嚇されているような声に震え上がる。


「は、はいっ」


それだけ言うと父は手を離し、母に声をかけて玄関へと向かった。
ガチャン、と扉が閉まる音がして、やっと肩から力が抜ける。


「これ、持っていきなさい。くれぐれも失礼な点のないように」


母は、綺麗なデザインの紙袋を渡してきた。
中身はお菓子……おかきらしい。

紙袋におしゃれなデザインで商品名が書いてある。
これは手土産に持っていけ、ということかな。


母の方を見てみるけれど、無表情だった。
あのときのことをずっと引きずる訳でも、謝る訳でもない。


「……ありがとう、行ってきます」


荷物をぎゅっと握って家を出た。
結局誰にも『いってらっしゃい』とは言ってもらえなかったな。

いや、別にいつものことだ。
気にしたって仕方がない。


外の天気は、まるで私の旅を応援してくれているかのように快晴だった。
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