心、理、初
辺寺とカレー
○カフェ心貴呂のキッチン(昼)
心「これを二番テーブルにお願い」
心は出来上がったカレーと、銀色のスプーンが乗せてあるおぼんを理也に差し出す。
理也「新谷(にいや)がそのまま持っていけよ」
理也が横に目を逸らしたまま言う。
心(また?)
心「前も…さっきも言ったけど、あなたはホールスタッフ、私はキッチンスタッフなの」
理也「俺達が来る前は、ホールスタッフやってたんだろ?」
心「二人は居なかったからね」
理也「なら、良いじゃん」
心「……注文は? どうするの? いちごのショートケーキを四つ用意しないと」
心(お父さんは他の注文を対応してるのに)
理也「俺がやっとく。前に店長から習ったし」
心「はっ?」
理也「早く行けよ。お客様が待ってるだろ」
心「なっ…」
初「心ちゃん。お願いします」
心と理也の言い合いを聞いて、飛んできた初くんが、潤んだ瞳で、手を合わせる。
心「分かりました……」
心(毎回カレーをお客様に持っていく時に、私は辺寺と言い合いをして、初くんのお願いに負け、カレーを運ぶ日々……。
毎回カレーの時なのは…偶然じゃないよね? 辺寺が私と言い合いになる時に、私を見ないのも気になる……。
カレーに何かあるの?)

○カフェ心貴呂の休憩時間(十五時~十六時)
心の父「はい。心ちゃん」
心「うん…」
心は心の父からカレーが入った白い皿を渡されると、私は目の前のカウンター席に座っている理也と初を見る。
心(離れて座ってる……)
理也と初は間に一つ席を開けて座っている。
心(恋人同士なのに……何で?)
心の父「はい。村津くん」
初「ありがとうございます」
心の父が初にカレーが入った白い皿を初の目の前に置く。
心(初くんが…カレーを食べるから?
そういえば……)

○(回想)カフェ心貴呂(十五時~十六時)
心「一緒に食べないの?」
初「はい。やる事があって、自分の部屋で食べます」
(回想終了)

○カフェ心貴呂の休憩時間(十五時~十六時)
心(あの時、初くんは……カレーだった……)
心の父「心ちゃん。スプーン三本取ってきて」
心は心の父の言葉を無視してカレーが入った皿を持ったまま、理也の左斜め後ろに立つ。
心の父「心…ちゃん?」
心「辺寺はカレーに何かあるの?」
理也「何か……って?」
心「カレーが嫌いとか」
理也「嫌いじゃない……」
心「じゃあ、何?」
初「心ちゃん…」
心「初くん、ごめんなさい。邪魔しないで。辺寺。答えて」
理也「……何もない……」
心「何もないわけない……」
理也「ないんだよ!!!」
心「何もないなら、何でさっきから私を見ないの? 何でカレーを一度も食べてくれないの?」
理也「………」
心「本当に何もないなら、食べられるでしょ? 食べてよ」
理也「止めろ!!!」
心が理也の目の前にカレーの皿を置こうとして、理也がその皿をはねのけると、その皿はひっくり返って、床に落ちる。
初「理也……」
床にはひっくり返っている皿の周辺にご飯とカレーが少しずつ飛び散っている。
理也はその皿を見て、心を見る。
心はその皿を見ている。そして、心はその皿の近くで腰をかがむとその皿の周辺に落ちているご飯へと左手を伸ばす。
その様子を見ていた理也は、カウンター席の木の丸イスから立ち上がると、心の左腕を後ろから抱き締めるように、左手で掴む。
理也「熱々のご飯を素手で触るなんて、何考えて…」
心「離して……。早く…拾わないと……」
心はご飯へと右手を伸ばす。
理也「止めろ!!! 片付けてやるから!!!」
理也は心の右腕を後ろから抱き締めるように、右手で掴む。
心「離してよ……。拾わせてよ……。お願いだから……」
心の父「心ちゃん」
心は名前を呼ばれて、右横を見ると心の父が立っている。
心「お父さん……」
心の父「大丈夫…大丈夫だよ……」
心の父が心の頭の上に右手を置くと、優しく撫でる。
心「うん……」
心の父は心のその返事を聞いて、心の頭を撫でていた右手をどける。
心の父「辺寺くん、心の両腕を離してくれ」
理也「はい!」
理也は心の父に言われた通り、すぐに心の両腕を解放する。
心の父「村津くん、心ちゃんを家に連れていってもらえるかな?」
初「分かりました。
心ちゃん。行こう」
心「うん……」
心は立ち上がると、初の元まで行き、一緒に階段を上り、二階の家に向かう。
心の父「辺寺くん、これを片付けられる?」
理也「すいません……。自分がやった事なので、片付けたいんですけど…」
心の父「出来ないんだね?」
理也「はい……」
心の父「分かりました。私が片付けますから、一番テーブルの席にでも座っててもらえるかな?」
理也「分かりました……。
お願いします……」
理也が心の父に頭を下げる。

○二階のリビング(十五時~十六時)
初「心ちゃん。理也がひどい事をしてしまったけど、わざとじゃない」
心「分かってます、そんな事。自分が悪いんです。何かある事は分かってたのに、辺寺が答えてくれなかったから、ムカついて。無理矢理カレーを食べさせようとしたんだから」
初「そっか……」
初が安堵したような顔になる。
畳のリビングの真ん中にある木の長いテーブルを挟んで、心と初は二人それぞれ紫の座布団の上に座って向かい合っている。
心「初くんと辺寺に出会って、まだ日は浅いけど…仲良くなれたと思ってた。でも、それは……私だけだったみたいだね」
初「心ちゃん。僕も…そう思ってるし…、理也も…そう思ってるよ……」
心「なら」
初「理也は答えたいけど、答えられないんだ」
心「どういう…事?」
初「仲が良いとか…悪いとか関係なく…理也は他の人にその話をする事が出来ないんだ」
心「でも…初くんは知ってるんですよね?」
初「うん。人づてで聞いたからね」
心「人…づて?」
心(恋人の初くんにも話す事が出来ないなんて……)
初「知るのが…怖くなった?
心ちゃんが望むなら話してあげようと思ったんだけど…」
心「話して下さい。
知りたいんです」
心(いや、きっと知るべきなんだ)
初「分かりました……」
初は一度テーブルの方に目線を落とすと、決心したように私を見る。
初「理也は…中一の時に幼なじみを亡くしてるんだ。自殺で」
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