心、理、初
心を抱き締めないで
○二階の心の部屋(朝)
心はベッドの上で、天井を見つめたまま動かない。
心(あれは驚いただけだ)
心はベッドから起きる。

○二階のリビング(朝)
心と心の父は、ご飯・わかめの味噌汁・卵焼きを食べ、理也はきなこを塗ったトースト、初はブルーベリーのヨーグルトを食べる。
心「辺寺」
心は食べていた手を止める。
理也「ん?」
向かいに座って、食べ続けている理也。
心「昨日、何で私を抱き締めたの?」
理也が食べるのを止める。
心の父「抱き…締めた?」
心「うん。私、辺寺に抱き締められたの」
初「理也、そうなの?」
理也「抱き締め…ました」
理也は持っていたトーストを白い皿に置くと、初を見て、心の父を見る。
心の父「どうしてですか! 何で!!」
心の父が大声を出す。
心「お父さん、うるさい」
初「店長、落ち着いて下さい」
理也「今から、答えますから」
心の父「分かりました……」
心の父の声が普段と同じになる。
理也「俺が昨日、新谷を抱き締めたのは……感謝だった。もちろん、申し訳ない気持ちもあったけど……感謝の気持ちの方が大きくて…抱き締めた」
理也が心だけを見て言う。
心「分かった。その気持ちはありがたく受け取るけど、今後一切、“感謝”で抱き締めないで。“感謝”以外の時も抱き締めないで。じゃないと、お父さんは興奮するし、初くんは嬉しくないし、私は嫌だから」
心が理也だけを見て言う。
理也「…分かった……」
心の父「辺寺くん、頼んだよ」
初「心ちゃんに嫌な思いさせたら、ダメじゃん」
理也「…そうだな……」
心は初と理也を見る。
心(嫌だった……。少しでもあり得ない理由が頭に浮かんだ自分が……)

○カフェ心貴呂の店内(昼)
心「今日の注文……」
心の父「全部カレーだね。
今週で販売終了するって、告知したからかな」
カフェの玄関のドアには、貴カレーの今週で販売終了の告知の紙が貼られている。
心「こんなに……愛されてたんだね……」
心はキッチンからテーブル席やカウンター席でカレーを食べている人を見る。
心の父「パパがこの光景を見たら、大喜びするだろうな」
心の父は心の隣で呟く。
心「うん……」
心(きっと子供みたいに、はしゃぐんだ……)
二番テーブルの女性客A「どうして、貴カレーの販売が終了するんですか?」
二番テーブルの女性客B「美味しいのに」
二番テーブルの女性客C「私、一番好き」
二番テーブルの女性客D「私も」
二番テーブルの女性客A「しかも、今週って…急すぎません?」
理也「それはですね……」
理也が戸惑っている顔をしている。
心(辺寺…)
心がキッチンから出ようとする。
初「新しいメニューが出す事が急に決まったなので、貴カレーは販売を終了する事になったんです」
二番テーブルの女性客A「新しいメニューが出るからって、貴カレーの販売を終了しなくても良いんじゃないですか?」
二番のテーブルの女性客B「そうだよね?」
二番のテーブルの女性客C「関係ないよね?」
二番テーブルの女性客D「うん」
初「申し訳ありません。うちの店のキッチンスタッフは少ないので、何かを増やすと、何かを減らさないと…出来ないんです」
二番テーブルの女性客A「じゃあ、キッチンスタッフを募集すれば良いじゃないですか」
二番テーブルの女性客B「確かに」
二番テーブルの女性客C「私、やりたい」
二番テーブルの女性客D「私も」
初「申し訳ありません。募集する予定はありませんので……」
心(良かった……。初くんが居て……)
心が理也を見ると、理也は初くんの隣で悲しげな顔をしている。
心(辺…)
心の父「心ちゃん? どうかしたの?」
心の父が不思議そうな顔で心を見てる。
心「ううん。何でもない」

○カフェ心貴呂の休憩時間(十五時~十六時)
心の父「心ちゃん。今日は…今週はトンカツで良いんだよね?」
心「うん。お願い」
心(そうだ…。辺寺……)
店の中を見回しても辺寺が居ない。
心(まさか……)
心はトイレに行って、ドアを開けるが誰も居ない。
心(じゃあ……)
心は二階まで階段をかけあがると、リビングのふすまを開ける。
心(私…何してるの?)
そこには泣いている理也を後ろから抱き締めている初が居た。
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