心、理、初
辺寺が言えない理由
○二階の廊下(夜)
心(今日は嫌な一日だったな……。
あの女に謝る事になるし…あの女に嫌味は言われるし…閉店後はお父さんに説教されるし……。
ただ辺寺を守りたかっただけなんだけどな……。何で辺寺は…恋人が居る事を言わなかったんだろう? お父さんが言ってたように、お客様の数が減るのが嫌だったから? そんな事別に考えなくても良いのに……)
心はそんな事を考え、風呂上がりで濡れている髪をタオルでふきながら、廊下を歩いていると、理也が理也の部屋の前に立っている。
理也「よお……」
理也は心に気づくと、心に声をかける。
理也「ちょっと…良いか?」
心「何?」
心は理也に向かい合うように立つ。
理也「これ……」
理也は後ろに隠し持っていた一枚の白い紙を心に差し出す。
理也「俺と初の好きな食べ物が書いてある…」
心は理也から渡された紙に目を通す。
心「ありがとう。たくさん書いたね…」
紙には二十ぐらいの食べ物の名前が書かれている。
理也「二つずつって言われたけど、新しいメニューに相応しいかどうか俺達は分からないから、多く書いて、選んでもらった方が良いんじゃないかって…初が……」
心「さすが、初くん」
理也「日替わりは…どうだ?」
心「日替わり?」
理也「せっかく多く書いたから、これを全部日替わりで出すのはどうかと思って…」
心「初くんがそう言ってたの?」
理也「いや…俺が…考えた……」
心「ふーん……。良いと思う。
お父さんに相談してみる」
理也「そっか……」
理也が嬉しそうに笑う。
心(やっぱり…店の事を考えてるんだな……)
心「じゃあ…明日ね」
心は無理に笑う。
理也「待て。話がある」
心「話?」
理也は理也の部屋のドアノブを回し、引いて開ける。
理也「入れ」
心「話なら…ここで聞く…」
心(入るわけには……)
理也が心の右腕を掴んで、部屋に引き入れる。
その瞬間を初が初の部屋から出てきた時に、見ている。
心「ちょ…」
理也は理也の部屋のドアを閉めて、鍵をかける。
心(辺…寺?)
心が理也を見ると、理也は真剣な顔をしている。

○二階の理也の部屋(夜)
理也「座れ」
理也がドア近くの窓の側に腰を下ろす。
心「…うん……」
私は理也の向かい側に、正座して座る。
心(それにしても……)
心「ほとんど何も無いね……」
理也の部屋には、大きな黒のボストンバッグと黒のリュックサック、畳まれたふとんしかない。
理也「当たり前だろ。勝手に家を出てきたんだから」
心「親には何も言わずに…家を出たの?」
理也「出るとは言ったけど、親父は認めなかった。だから、勝手に家を出たんだ。初と早く一緒に暮らしたかったからな…」
心「そんなに好きなら…言えば良かったのに……」
心(あっ……)
心が理也を見ると、理也の顔は曇っている。
心「辺寺…」
理也「俺だって本当は…言いたかった。
初が恋人だって……。でも、言ったら…初がまた…傷つく事になるかもしれないから…言わなかったんだ……」
心(また…って……)
心「初くんに…何があったの?」
< 7 / 21 >

この作品をシェア

pagetop