一筆恋々

【四月七日 手鞠より駒子への手紙】


くり返しの確認になりますが、駒子さんは本当にご存じなかったのですよね?
本当の本当の本当の本当に?
本当の本当の本当の本当の本当ですね?
他ならぬ駒子さんの言葉ですから、わたしはそれを信じることにいたします。

でも本当にご存じなかったのですよね?

八束さまがなぜわたしに相談を持ちかけるのか、ようやく納得いたしました。
けれどいくらしたしい姉妹とはいえ、姉の気に入る恋文など存じません。

同封されていた恋文の素案には一応目を通させていただきました。
正直申し上げて、八束さまのお言葉があまりに洗練され過ぎていて、感性の鈍いわたしには理解が及びませんでした。
「流れゆく川に笹舟を浮かべ、干し柿を噛むがごとき気持ち」とはどのようなお気持ちなのでしょうか?
八束さまのおっしゃる「月の雫を搾り取ったような笑顔」を持つ「茶葉のように清らかな女性」が蘭姉さまなのですね?
人それぞれ見え方にはだいぶ差があるようです。

それでも混沌とした中に言い知れぬ熱意だけは痛いほどに伝わってきました。
八束さまが真摯な気持ちで姉を想ってくださっていることはよくわかります。

けれど、まだ正式に発表されていないとはいえ、姉は婚約者のいる身。
いくら想いを寄せていただいてもお応えできないことを八束さまにはご理解いただきたいのです。
この大切な時期に変な噂が立ってもよくありません。

ですから駒子さん、いざというときには古伊万里の壺のこと、よろしくお願いします。
大丈夫。
壺なんてどこの家庭でも日に一度は落ちるのですから、すべて事故です。

駒子さんのためにも八束さまには幸せになっていただきたいけれど、今回ばかりはお手伝いできません。
ごめんなさい。


大正九年四月七日
手鞠
駒子さま


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