クールな専務は凄腕パティシエールを陥落する

繋がる 広がる

「和生殿、このご意見箱には、もっとカスタード以外のスイーツも増やしてほしい、と書かれています。オークフィールド側としては、カスタードに拘らなくても大丈夫でしょうか?」

出会った頃に思いを馳せていた和生を現実に引き戻したのは、和生のTシャツと短パンを身につけたスッピンの愛菓だった。

元々厚化粧ではないので、愛菓がスッピンになっても、ほとんど変わらない。

大きな目と長い睫毛、魅力的な唇。

無防備におろされたストレートの髪はツヤツヤしている。

タブレットに目を落として、オークフィールドホテルのホームページをめくる愛菓。

愛菓はあのときと変わらず、いつもお客のことを考えている。

「あの店は愛菓さんの店だ。名前はカスタードと入っていても、メインがそこであれば、多少冒険しても構わないでしょう」

「よかった。私、カスタードが得意ではありますけど、他のスイーツも好きなんですよ」

和生の言葉に、ホッとしたように愛菓は背もたれにもたれ掛かった。

「例えば?」

「ショコラとか、焼き菓子とか」

「ああ、le sucreにはショコラティエがいたから作る機会がなかったのですね」

「こうして自分のお店を持たせていただいたからには、カスタード以外の分野にも手を広げていきたい。もっともっとお客様を幸せにしたい」

キラキラと瞳を輝かせている愛菓を見て、凍っていたはずの和生の心臓が音を立てる。

和生には、まるで冷たい氷に熱いお湯をかけた時に氷にヒビが入ったような音に聞こえた。

゛完全に溶かされている゛

「愛菓さんは、他人の幸せだけを求めていれば満足なのですか?」

二人はリビングに移動して話をしていたため、今、和生の隣には愛菓がいる。

触れられる距離に詰め寄る和生。

右腕と左腕が触れ合う距離を確保すると、和生はゆっくりと、愛菓の髪を撫でてはすいた。

「思いきって独立したことで見えてきたものがたくさんありました。全部、和生殿のお陰。私の幸せは今ここにあります」

そう言って、愛菓は嬉しそうに和生の胸にもたれ掛かった。

゛理性の限界だ゛

和生は、ゆっくりと愛菓の顔を覗き込むようにして、彼女の唇に柔らかなキスを落とした。

「抵抗、しないのですか?」

和生の問いに、愛菓はコテンと首を傾ける。

「イケメンの和生殿に優しく仕事を支えてもらっているのに抵抗なんてできません」

「それは、義務感から?」

「私は義務という言葉から最も遠い位置で生きているつもりですが」

予想外の愛菓の言葉に、その意味を拡大解釈することにした。

「私に抱かれてもいいと?」

「私は好きな人にしか抱かれません」

それは、゛試してみろ゛

という意味だろうか。

和生は、今度は先程の優しいキスとは違い、恋人同士がするようなフレンチキスを仕掛けた。
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