クールな専務は凄腕パティシエールを陥落する

和生の幸せ

「Bonjour Aika」

「Bonjour louis」

翌日の11時。

出勤しようと、オークフィールドホテル前の大通りを歩く愛菓を呼び止めたのは、マサキヨシザキの弟子であり秘書のルイだった。

「お話があります。お時間をいただけませんか?」

「そうですねえ、開店時間まではまだ1時間あります。30分程度なら」

「恐れ入ります。では、あちらのカフェで」

ルイが案内したのは、オークフィールドホテルから徒歩5分の静かなコーヒー専門店だった。

「それでお話というのは?」

「愛菓さんの今後の身の振り方についてです」

ルイはそう言うと、ビジネスバッグからA4サイズの書類数枚と写真を一枚取り出した。

「こちらは、愛菓さんが当パティスリーに移籍していただいた際の報酬と待遇が書かれています」

愛菓は表情も変えずに、その書類を受け取り目を通した。

それはフランス語で書かれているものに日本語訳が添えられており、その内容が、愛菓にとって規格外に好条件な内容であることがひと目でわかった。

「そしてこの方ですが・・・」

ルイが差し出したのは、髪を綺麗にセットして美しいドレスに身を包む可憐な女性。

フランス人形のように可愛い女性は、異国の血が混じる白人と同じように誰が見ても魅力的だった。

「ホテルオークフィールドの専務、樫原和生様の結婚相手になられる方です」

「許嫁・・・ということですか?」

「ええ、正確には候補者ですが、彼は断ることは出来ないでしょうね。何せ、フランスの高級ホテル゛Station d'été゛のお嬢様との縁談ですから」

Station d'été と言えばフランスの有名な5つ星ホテル。

そのご令嬢との縁談となれば、オークフィールドホテルの格付けも上がり、業務拡大だって夢ではない。

「それが私の御社移籍と何の関係が?」

「いえ、このご令嬢が樫原専務のお気に入りの愛菓さんの存在を気にしておられまして。いくらホテルの業績アップのためとはいえ、女性のパティシエールを我が物のように抱え込むのはいかがなものかと・・・。良からぬ噂が立つのもあなたの意に反するでしょう?」

ニコニコと話しているが、ルイの腹黒い企みは隠しようがなく透けて見える。

「私の主君は和生殿。主君の幸せは私の幸せでもある。命令を下すのであれば、和生殿が自分でなさるはず。それに、お気遣いはありがたいですが、今のあなたの態度を見て、何が起こっても私がフランスに行くことはないと決意したこと、ご理解いただきたい」

愛菓は、テイクアウトのコーヒーカップを持ち上げると

「失敬」

と頭を下げて店を出ていった。

「顔色一つ変えなかったな。作戦失敗か」

ルイは苦笑して、愛菓の後に続いた。



< 65 / 96 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop