龍神愛詞
10・遅すぎた真実と消滅と
あれから一ヶ月ほどの時間が流れた。
紅龍と蒼龍はあの時、そのまま翡翠を連れ出した。
そして宮殿から一番離れた別宅に移り住んだ。
本当は宮殿から外へと連れ出そうと思っていた。
しかし数日後、翡翠が倒れたのだ。
その為やむなく、ここに移動してきた。
ここは本殿からかなり離れている。
龍王や貴族たちと極力会わない場所。
翡翠の体調を考えると、あまり動かせたくはない。
翡翠の身体と心は限界にきていた。

死んだように眠り続ける翡翠。
それを心配そうに見守り続けるニ人。
毎日毎日、ずっと側で回復を願った。
ただただ眠り続けるスー。
眠る事で現実から避けているのかもしれない。
龍族からしたら白龍との繋がりの方が望まれる事だろう。
起きていたら、嫌な噂も嫌な思いをする事になるだろう。
そして見る事になるだろう。
龍王の隣にいる白龍の姿を。

「・・ぉう・・」
時折苦しそうに紡ぐ言葉は名前だった。
無意識に心から望む温もりは、心から求める存在は龍王。
自分から龍王の、龍族の幸せを願い離れた翡翠。
人の幸せばかりを願う翡翠。
・・・一体スー自身の幸せはなんだろう?・・・
優し過ぎる心。
相手を想いやる心。
そしてそれを貫き通す強さ。
龍王の幸せだけを願う。
自分の犠牲さえもいとわない強さ。
どれだけ我慢をしてきた事だろう。
自分の本当の気持ちに蓋をして。
不安で心細くて仕方がない筈だ。
今一番に側にいてほしいだろうに。
肝心なその龍王は白龍と共にいた。

ただ眠り続けるしかないのだろうか。
それは龍王の幸せの為。
龍族の未来の為。
このまま消えてしまうつもりなのかもしれない。
このまま消滅するつもりなのかもしれない。
「これでいいのか!!!
スーのこの思いを無いものとしていいのか?
いや、そんな事は駄目だ。」
と紅龍が叫ぶ。
「そんな思いを抱いたまま哀しく、寂しい思いをさせたまま。
消えさせてはいけない。
消えさせたくはない!!!」
と蒼龍も言葉にだす。
「もうすぐ消えてしまうのなら。
最後ぐらいはスーの我儘を叶えてもいいだろう。」
「そうだ。
このままなんてあんまりだ。」

素直の心のままに、変わらない思いのままに。
ニ人は龍王に話に行く決意をする。
スーの思いを無視する事になるが、これ以上は耐えられない。
スーには笑っていてほしいから。
スーの笑顔の為。
かけがえのないスーの本当の気持ちを龍王に伝えたい。

ふと自分の人間らしい考えに驚くニ人。
俺たちはスーから沢山の新しい感情を教えてもらった。
それはとても心地よいものばかりだった。
これまでの冷え切った心に暖かさを教えてくれた。
温もりを教えてくれた。
ニ人とも同じ考えだったようだ。
言葉を交わさずして頷く。
眠っているスーを確認すると龍王のいる、本殿へと足を進めた。

本殿の龍王の部屋。
白龍は自分の部屋のようにくつろいでいた。
龍王は無関心に瞳を闇を移したまま窓の外を見ていた。
見つめる先は、翡翠が移り住んだ別宅の方だった。

私は日に日に何をするにも、やる気を失くしていった。
龍王としてこの力。
地位を維持する為に嫌な王としての責務を果たしてきた。
力を見せつける事で、翡翠を守ってきた。
私を動かすものは、全て翡翠に関係する事だった。
私の原動力は全て翡翠の繋がっていた。
翡翠の事以外で自分が自ら動いた事はなかった。

距離と時間が経過した今。
嫉妬で熱くなっていた気持ちは静寂を取り戻していた。
そして思い出すのはやはり翡翠の事だった。
怒りにまかせて詰め寄った時の翡翠。
恐怖で固まっていた表情。
何の感情もなく接する他の者たちが自分に見せる、恐怖心からくる震え。
脅えた身体。
あの時私から初めて、恐怖心を感じていたようだった。

あんな顔で私を見てほしくない。
他の物からならともかく、翡翠からはあの瞳で見られたくはなかった。
そして嫉妬心から翡翠に酷い事を言ってしまった。
深い後悔の念が気持ちを沈ませる。
ただ怒りに任せて出た言葉。
深く傷つけてしまった。
そして何よりも私自身が恐怖を与えてしまった。

あれから何も言ってこない翡翠。
龍王はあの自分への恐怖心から、避けられていると思っていた。
だから自分から近づく事を躊躇した。
また怖い思いをさせたくない。
そしてそれ以上に紅龍との関係。
自分ではない者を受け入れていた翡翠にショックを受けていた。
そして今でも、紅龍と口付けを交わす場面が頭に焼き付いている。

しかしそれを見た今でも、翡翠への気持ちは変わる事はなかった。
私の気持ちはぶれる事なく翡翠に向いている。
この想いだけは、この先変わる事はない。
翡翠が側にいなくなって、触れる事が出来ない時間。
この時間がなんて色のない空しい、意味のない時間なのか。
私がどんなに翡翠を必要としているか。
私がどんなに翡翠に執着しているか。
どんなに愛しているか。
離れている時間が、私の中の翡翠の存在の大きさを思い知らされた。
だからこそ、またそんな場面を見てしまったら。
次はどうなるかわからない。
自分自身を保っていられるかどうかさえ分からない。

「龍王さま?
いつ私を皆さまに花嫁として公表していただけますの?」
私が座っているソファの横に擦りより甘い声で話かける白龍。
当たり前のようにそんな事を言いだす。
聞こえている筈なのにその問いの答えは聞こえない。

その時、ドアを叩く音がした。
「誰だ?」
ドアの向こうで声がする。
「紅龍だ。」
「蒼龍だ。スーの事で話がある。」
了解も得ずに開けられたドア。
ニ人の龍が勢いよく入ってきた。
ニ人は同様に龍王にすり寄る白龍を見て、怒りの表情を見せる。

「昼間からお盛んなようだな。」
紅龍は初めから交戦的な態度だった。
「お前こそ、スーと毎日している事だろう?」
龍王も一歩も引く気はない。
「何か誤解しているようだから、スーの名誉の為に言っておく。
スーの気持ちに迷いはない。
今もお前だけを思って眠っている。」
ねむる?
「どういう事だ?。
スーはお前を選んだのではないのか?」
紅龍を受け入れていた涙の口づけ。
ではあれは何だと言うんだ。

「俺はスーに好意を持っている。
俺がスーの隙をついただけだ。
弱くなったスーに付け入っただけだ。」
何を言っている?

「スーって人間は紅龍さまを選んだのでしょ?
だったら私と龍王様の仲を邪魔しないでいただけます?」
少し怒った様な顔をする白龍。
綺麗な顔が少し険しくなった。
いつもいるお付きの者なら、すぐにでもご機嫌をとっていただろう。
顔色を伺い、謝り続けていただろう。
産まれた時から欲しいは全て与えられてきた。
周りの者から大切に育てられてきた。
病気をしていた事も踏まえても白龍の言う事。
行動を止める者などいなかった。
だれもがまるで腫れ物でも扱うように、大事にされてきた。
自分を否定する者などこの世には存在しないとさえ思える程に。
どこまでも傲慢な白龍。

急に会話に入ってきた白龍に、そこにいた三人。
黙れと言わんばかりに、一様に睨みつける。
「なぜそんな顔を私に見せるの?
私は白龍なのよ。
龍族で唯一の女性。
貴重な存在。
大切な存在なのよ。
なのに、なに、なんなのよ!!
みんなして私にそんな顔して、のけ者あつかいして!
もう知らないから、どうなっても知らないから!!!!」
泣きながら部屋を飛びだす白龍。

我慢して付き合って来たが、今は白龍に気にかけている暇はない。
龍王は白龍を目で追う事もなく俺たちの言葉を待つ。
そして蒼龍も何事もなかったかのように話しを始める。
「スーの命が消えようとしている。」
そして衝撃的な事実を知る。
消える?

「どういうことだ?」
「スーの父親に連れ去られた時にかけられたらしい。
呪が解けた瞬間から発動する術。
少しずつ、命が、魂が消滅していく術。」
翡翠がいなくなる?
消滅?
翡翠が死ぬ!!!!?
いなくなる? 
嘘だ!
そんなのは嘘だ!!

「スーは龍王の為に、龍族の為に身を引いたんだよ。」
「考えてみろよ。
誰から見ても、同族である白龍と結ばれる事が望ましいと考えるだろう?。
スーはこれは龍王の未来の為だと。
同じ時間を過ごす事の出来る白龍の方が、相応しいと思ったそうだ。」
明かされる真実。
なんだ、それは。
私は龍族だとか、龍王だとか周りの意見なんて関係ない。
龍王という立場や地位など、翡翠の存在に比べたらないも等しい事。
翡翠だけの為に私はここにいるだけだ。
翡翠は私の物だと誰もに知らしめる為にここにいるだけだ。
翡翠がいなければ、何も意味を持たない。

なおも蒼龍が翡翠の気持ちを話す。
「スーは怖かったんだそうだよ。
消えていく自分の未来がね。
怖くて、寂しくて、不安だったって。
龍王からせっかく助けてもらった命。
それが消えていくのが辛いって。
そしてそんな姿は見せたくないって。」

攻撃的な口調で今度は紅龍が言葉を続ける。
「俺がスーにした行為を謝るつもりはない。
そしてスーに対する気持ちを隠すつもりもない。
俺は俺がしたいようにしたまでだ。
スーがお前の事で弱くなった心につけいった。
本気でお前から奪うつもりで。」

「なに!!!」
「スーの心は不安でいっぱいだった。
それなのに、お前の薄汚れた嫉妬心でスーの本当の気持ちを疑った。
信じる事をしなかった。
突き放した。
スーがどんなに傷ついたか!
お前にはわかるか?
それでもお前の幸せだけを願い。
龍族の事を思い。
何も言わず身を引いたんだ。」
興奮した赤い顔。
紅龍の元々赤い顔は一段と赤みを増していた。

今度は蒼龍が静かに話す。
「スーはあの後すぐに倒れたんだ。
それからずっと眠っている。
時々苦しそうに龍王の名前を呼んでいるよ。
私たちでは駄目なんだ。
悔しいけど私たちの力ではどうする事も出来ない。
スーが心から望んでいるのは龍王なのだから。
会いに来てあげて。
嫉妬とか周りの龍族の事とか全部、取り払って・・・。」
蒼龍にとっても自分の巫女にとまで想った人だ。
スーの事を想えばこそ、大事だと思えばこそ。
今はスーの気持ちを一番に考えてあげたいのだろう。
今は自分の幸せよりもスーの笑顔を取り戻したい。
蒼龍の悲痛な叫びにも似た言葉が胸に響いた。

私は蒼龍の言葉を全て聞き終わる前に部屋から飛び出した。
翡翠。
ひすい。
ひ・す・い!!
頭の中は翡翠の事でいっぱいだった。
龍王として地位だの、龍族が、紅龍との事、嫉妬。
そんな事は全部関係ない。
翡翠を手に入れて側に置いて、安心し過ぎていた。
もうすべて自分の物だと過信していた。
絶対に私から離れる事はないと勝手に思っていた。
人のことばかり考える。
いつも周りの事、私の事ばかりに気を使い行動する翡翠。

酷い言葉を言った、あの時。
翡翠が私を諦めたように見ていた瞳。
あの瞳に全て答えがあったのに、私はずっと一緒にいて何をしていたんだ。
何も感じないような表情をさせてしまったのは私だ。
不安にさせ、あんな酷い言葉まで浴びせてしまった。
なんて事をしてしまったんだ。
私が嫉妬に怒り狂っている間、翡翠は深い恐怖と不安と闘っていたんだ。

翡翠はまた私を受け入れてくれるだろうか?
こんなに酷いことをした私を。
走るその間、ずっと翡翠の無表情な顔を思い浮かべていた。
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