愛しの彼はマダムキラー★11/3 全編公開しました★
第五章
○マンション(夜)

野菜と卵の雑炊を食べていると、スマートホンが着信の音を鳴らした。

画面に表示されたのは[リン姉さん]。

毎日夜の九時に、美海から状況を報告することになっているが、時計を見ればまだ七時半である。

美海(待ちきれないのね)
やれやれとため息をつきながら、電話に出た。

美海「はーい」
と出るやいなや被せるような大声が響く。

璃鈴「どうだった?!!!」
美海(ヒィ)
電話から飛び出してきそうな勢いに驚いて、思わずスマートホンを遠ざけた。

美海(もぅー、怖いよリン姉さん)
美海「えーっと、無事社長の担当になって。社長室で仕事をすることになった」
璃鈴「あー、よかった! 予定通りいったわね。で、彼のことどう思う? どんな印象を受けた?」

美海「印象? うーん」
今日一日で目にした社長を思い出してみる。

○(回想)社長室
眉をひそめて書類に視線を落とし、仕事に集中している星佑の様子。
笑顔で電話をする星佑の様子。
真面目な彼をひと通り思い浮かべたあと、美海は別の彼を思い浮かべた。
美海と挨拶をした時の少し恥ずかしそうに瞼を伏せた仕草。
女性秘書にイチャつかれて、照れた笑顔。
(回想終了)

美海「真面目そう。ただ、照れてみたり、ちょっと慌てん坊だったり、天然の母性本能くすぐる系?」
璃鈴「なによ、美海大丈夫? ミイラ取りがミイラになったらだめよ」
美海「やだもう、私は大丈夫」

電話を切って、冷めた雑炊を食べながら美海は考える。
今日一日、彼が美海に何か特別な興味を示すことはなかった。

○(回想)社長室
美海「お先に失礼します」
定時になりそう声をかけると、それまでパソコンに向かっていた彼はチラリと視線を美海に向けた。
星佑「お疲れさまでした」
ただそう言っただけだった。
何か一つでも引っかかることがあればと思うが、彼から見れば美海は既に、部屋の一部でしかないようだ。
(回想終了)

美海(とても明日以降に大きな変化があるとは思えないわ)
美海は、やれやれとため息をつく。

次の日。
クローゼットを開けて、うーんと唸る。

美海(さて、どの服にしようかな)

昨夜、璃鈴にガミガミと叱られた。
璃鈴『いいこと? 期間は一ヶ月。その間に星佑に誘われるのがあなたの使命よ!』
色気を出そうと思っても、何をどうしていいのかよくわからない。
考えあぐねて、ちょっとスカートが短めのスースを着て出勤することにした。
足にはちょっと自信があるのだ。

○出勤途中の街並み(朝)

時折、男性が美海の足を見る。
その視線を感じながら、満足げに歩みを進めた。

○会社、社長室(午前中)
スキャナーに書類をセットしつつ、美海は星佑を見る。
彼は指先でペンを揺らしながら、難しい顔をして書類を睨んでいる。
美海(あーぁ)
ちょっとくらい丈の短いスカートを履いたところで、何も変わらなかった。
今朝も――。

○(回想)社長室(朝)
美海「おはようございます」
星佑「おはようございます」
星佑はチラリとも美海の足を見ることなく、ニッコリと微笑んだだけである。
(回想終了)

美海(唯一の自信の足でもダメかぁ。参ったなぁー。本当にこのままなにも無く一ヶ月過ぎちゃうような気がする……)


○(回想)璃鈴の電話での会話
璃鈴「とにかく一度飲みに行きなさい、彼と。話はそれからよ。時期的に暑気払いがあるでしょ」
(回想終了)

美海(飲み会ねぇ。そんな上手いこと飲みに行く機会があるかねぇ。そもそも飲み会なんて生きたくないし。私、お酒に弱いしなぁ)

そんなことをつらつら考えながら、美海はまたチラリと星佑を見た。

彼は相変わらず書類に視線を落としているが、そのまま手をデスクの端に向かって伸ばしている。
その先にあるのは、さっき秘書が持ってきたコーヒーカップだ。

○(回想)廊下
女性秘書A「あなたは短期のアルバイトなので、給湯室は使わないでほしいの」
美海「あ、はい……」
女性秘書A「コーヒーは、下の階の休憩コーナーに自動販売機もあるしご自分でお好きなように。それから、そのスカート短すぎ。そこまで短いと下品よ、会社の品位に関わるわ。気をつけてね」
○(回想終了)

美海(ったく、なによあの秘書。ほんと嫌味ったらしいんだから)
チッと心で舌打ちしながら、また星佑に目を向けると――。

美海(あ!!!)
カタッ
星佑「うわっ!」
音を立てたのは、コーヒーカップ。
カップが倒れてデスクの上にコーヒーが広がった。

星佑「あー、もう」
美海「大変!」
慌てて駆け寄り、慌てふためく星佑の脇に立ち、ティッシュで溢れたコーヒーを吸い取った。

美海「大丈夫ですか? 書類」
星佑「ああ、なんとか。汚れちゃった資料は、また印刷するだけだから大丈夫」

星佑はやれやれとため息をつく。
星佑「ダメなんだよね、集中しちゃうと、他のことが見えなくなっちゃうんだ」
彼は照れたように笑って、ポリポリと恥ずかしそうに頭を掻く。

その仕草が――。

美海(ひぃー! 超絶、かわいいんですけど?!)

カチャ。
女性秘書B「社長! 大丈夫ですか?!」
脱兎のごとくとはこのことか? という勢いで女性秘書Bは走ってくる。

あ然としたまま突き飛ばされるようにして
美海「おっとっと」
美海は、星佑のデスクから離れた。

女性秘書Bは、「もぅー、社長ったら。スーツは?」と言いながら、ハンカチを手に星佑の手を取り――。
女性秘書B「あ、私ったらすみません」
彼女は勝手に頬を染めた。

秘書Bの左手の薬指には指輪がない。
美海(なにあれ。まったく、いやらしい。品位のある秘書集団じゃないんですか? おかしいでしょ?)

ムッとしながら手にしたティッシュをゴミ箱に捨てていると、
星佑「あ、桜井さんもどう?」と言う。
美海「はい?」
突然の発言に、美海は何のことやらさっぱりわからない。

星佑「ああ、あのね、今日、暑気払いがあるんだ」
女性秘書Bは、星佑の言葉に驚いたように目を見開き、眉をひそめて美海を睨んだ。

女性秘書B「で、でも社長、桜井さんはご結婚されているし、急に無理を言っても……」
美海「大丈夫です! 主人が出張中でどうせ一人で暇ですから〜。是非ご一緒させてください」

女性秘書Bの悔しげな顔に、美海はニッコリと微笑み返した。
星佑「良かった」


○レストランバー(夜)
女性秘書達の刺すような視線に気づかないふりをして、美海は星佑の隣に座っている。

○(回想)社長室
星佑「じゃあ、そろそろ行こうか。僕の車で一緒に行く?」
美海「ありがとうございます」
連れ立って廊下に出ると、秘書室から待ち構えたように女性秘書たちが出て来た。
星佑「桜井さんは場所を知らないから一緒に行くね」
女性秘書たちの引きつり笑顔を尻目に、美海はツンと澄まして星佑の後ろに着いた。
心の中でベーっと舌を出しながら。
○(回想終了)

美海(悔しいか? 悔しいだろう? へへへ)

そんなことを思いながら、そっと女性秘書を見ると、身の危険を感じる殺意の視線に怯み、慌てグラスの中の炭酸水を一気に飲んだ。

星佑「おや、桜井さん、お酒飲めないんじゃなかったの?」
美海「へ? これ、お酒ですか? 炭酸水かと」

星佑「ノンアルコールの炭酸水はこっちだよ」
見れば、透明の泡立つ水が入ったグラスが別にあった。

最初に全員に配られたシャンパンの方を一気飲みしてしまったらしい。
星佑「シャンパンなら飲めるんだね。はい、じゃおかわりどうぞ」

美海「シャンパンって、こんなに美味しいんですね、知らなかったです。社長はお飲みにならないのですか?」
星佑「うん。僕は飲まない」

美海の右側に座った男性秘書Aが、美海にそっと耳打ちした。
男性秘書A「社長はね、会社の飲み会では絶対にお酒を飲まないんだよ。もてなす側だし、何かあったときに酔っ払っていてはねって仰るんだ」

美海「そうなんですか」
星佑の好感度はますます上がる一方だ。

見れば、星佑は楽しそうに周りの社員たちと話をしている。
真面目で、気取ったところがなくて、感じが良くて。
美海(でも、それじゃ疲れるんじゃないのかなぁ?)
モンモンとそんなことを思ううち、美海の記憶は曖昧になっていった。

それでも気力だけで飲み潰れることはなかったが――。

○とあるバー

トイレでひと呼吸入れたところで席に戻ると。
美海「あれ?」
カウンター席で、眠そうに舟を漕いでいる星佑がいる。

順を追ってよくよく考える。

○(回想)レストランバー
一次会は解散になり、二次会組と帰る組に別れた。
星佑は帰るといって皆を見送り、トイレに行っていた美海が遅れて店を出た時には、見送っている星佑しかいなかった。

星佑「大丈夫ですか? 飲み過ぎました? 帰れます? タクシー呼びましょう」
美海「いえいえ、大丈夫です」
このままタクシーに乗ったら、もっと酔いが回ってしまいそうな気がした。
美海「その辺で少し酔いを冷ましてからかえりますから、ご心配なく。お疲れさまでした」
星佑「うーん。女性ひとりでは心配です、お付き合いしますよ?」

○(回想)今いるバー

ラッキーな申し出に、もちろん快諾して近くにあったバーに入った。
そこでふと美海は思い立ったのである。

美海「社長、飲みましょうよ。ちょっとだけ。もう皆さん解散したし、社長の役割は終わりでしょう? 私はほら、社員じゃないしほんの短いお付き合いですから」

半ば強引にお酒を頼み、彼に勧めた。
自分も飲むには飲んだが、水を多めに取るようにしてあまり飲まなかった。
彼はお酒に弱いのか、それとも体調が良くないのか、はたまた疲れているのか?
あっという間に酔ったようだった。
(回想終了)

それからかれこれ一時間は過ぎただろうか。
時計を見れば十一時を回っている。

璃鈴には、今日は飲み会が入ったから遅くなったときは後日連絡するからと伝えてあるので問題はない。

美海「社長、大丈夫ですか?」
星佑「ん? あ、ああ」
ゆっくりと頭を上げた星佑は、軽く頭を振って、瞬きをする。

星佑「じゃあ、帰ろうか」
美海「そうですね。タクシー拾いましょう、あ、でも社長、お車は……」

星佑「ああ、置いていくよ」
星佑のマンションの場所を聞くと、美海が今住んでいるマンションとかなり近くだった。
タクシーを拾い、行く先を告げる。

乗って間もなく、星佑はまたストンと寝てしまう。
マンションに着くと、目を覚ましたもののなんだか心配で、部屋まで付いていくことにした。
やましい気持ちからではなく、純粋に心配だったのである。

美海(やっぱり疲れているんだわ。目の下にクマができているもの)
時々声をかけながら、星佑について、彼の部屋に入った。


○星佑のマンション

崩れ落ちるようにソファに身を投げだした星佑を見て、ホッと一息つく。
キッチンへ行き冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して、ソファ近くのテーブルの上に置いた。
あらためて部屋を見渡す。
歩き回るのはあまりに失礼だと思い、斜向かいのソファに腰を下ろして見えるところだけを見た。

ゴロゴロしたくなるような、フカフカのラグ。
ローソファーにローテーブル。
キッチンとの間にはダイニングテーブルがある。
おしゃれで素敵な部屋だけれども、晃良の部屋ほど気取った感じはない。
温かい人のぬくもりを感じる、居心地の良さそうな部屋だと純粋にそう思った。

でもどうだろう?
美海(女性が出入りしている様子はない?)
なんとなく、そう感じた。

ここは彼だけの安らぎの場所なのではないだろうか。

さて、帰ろうかとは一度は思ったが、やはり不安になった。
もし、寝たまま吐いてしまったりして、窒息なんてことになったらどうしよう?
心なしか顔色も悪いような気がする。

飲むように勧めた自分がいけないんだと、美海は反省のため息をつく。

そんなこんなのうちに帰りそびれ、美海はそのままフカフカのラグに滑り落ちるようにして寝てしまった。

それから少しして、星佑はソファーから起き上がった。

まるで美海が寝るまで、寝たふりをして待っていたかのようにじっと美海を見つめる。

美海に近づき美海の指から指輪を外して内側を見る。
そこには結婚指輪なら刻んであるはずの日付も名前もない。


○(回想)マンション

興信所からの報告。

桜井美海の住むマンションの持ち主は、桜井晃良という。
だが、彼はずっとアメリカにいて日本に帰ってくることはほとんど無い。
彼が結婚しているという情報も出てこない。
そもそも、その桜井晃良が女を送り込んでくる理由を探しても全くわからない。

結局わかったことはと言えば、桜井美海という女性はこの世に存在しないということだ。

もともと紹介の間に入った議員は信用していなかった。
立場上そうみせているだけである。

星佑(君は一体誰なんだ?)
彼は美海の寝顔にそう問いかけた。

美海を抱き上げて寝室に連れて行く。
そして星佑は、美海の服を脱がせ始めた。
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