愛しの彼はマダムキラー★11/3 全編公開しました★
第六章

○星佑のマンション(朝)

美海は夢を見ていた。
愛する夫(顔は見えない)『かわいいよ、美海。愛してる』
甘いキス。
美海(うーん。幸せ)
心を満たす甘い想いと、甘美で魅惑的な香りが美海の鼻孔をくすぐる。
美海(大好きよダーリン)
そう思いながら“何か”に向けてグリグリと頭を押し付けた。
美海(ん? ダーリン? ダーリンって誰だっけ)
寝ぼけ眼でそっと目を開けたそこは、星佑のベッドの中だった。
目の前にあるのは星佑の胸。

美海(うそでしょっ!)
驚愕しつつそっとわが身を確認してみると、服どころか下着さえ一切身につけていない丸裸。
そして隣で眠っている星佑も、恐らく裸。

ショックのあまり気絶しそうになりながら、必死で考えた。

美海(しちゃったの?! それともしてない?)

この状態で何もないとは考えにくい。
体に違和感は感じないが、バージンの美海には検討もつかないし、とにかく恐ろしい状況にあることは間違いない。

美海(と、とにかく帰らなきゃ)

見つからないようにと願いながら、そっと起き上がろうとしたところで、
星佑「おはよう」
手を伸ばした星佑が、美海を抱き寄せてキスをした。

突然のことに、美海は抵抗する余裕もない。
されるがまま唇を重ねながら、美海はただ凍りついた。

星佑「昨夜は素敵だったよ、美海」

再びのキスは唇から首筋へと移動し、
あろうことか星佑の指先は、頬から首を伝い胸に向かって下りてきた。

美海(ぎゃあああ)

ガバッと、美海は跳ね起きた。

美海「な! 何時かしら。帰らなきゃ」

星佑「今日は休みだよ? ゆっくりしよう」

彼は、動揺しまくりの美海とは違って、余裕の笑みを浮かべている。

美海「ご、ごめんなさい。今日はどうしても用事があって」

慌てふためきながら服を着るが、焦り過ぎて上手くいかない。
そんな美海を尻目に、ベッドから出てきた余裕の星佑は、「またね」と耳元で囁く。

作り笑顔を残し、美海は飛び出すように星佑のマンションから飛び出た。
エレベーターに飛び乗りボタンを連打して、
通りに出たところでタクシーに向かって手を伸ばす。

美海(贅沢とか言っていられないわ!)

タクシーに飛び乗ったところで、ようやくホッと胸をなでおろす。

美海(落ち着いて思い出そう。昨夜何があったんだっけ?)

○(回想)昨夜の飲み会帰りのタクシー。
星佑が心配で部屋まで連れて来て、見守るうち自分も寝てしまったことを思い出す。
(回想終了)

美海(寝ちゃったのは間違いない。でも夢だと思ったキスとか、その先のことは……)

全く嫌がっていないどころか、うっとりとして甘い声をあげているいる自分が、記憶の中にいる。
肌を滑る星佑の指先の動きが、生々しく感じられて、思わず叫んだ。

美海「いやーーー!」

タクシーの運転手「お、お客さん? どうしました?」

美海「あっ、ごめんなさい。なんでもないです」
頭を抱えてため息をつく。

美海(こんなことリン姉さんには言えないし、どうしよう。しかも初体験なのに)
ポカポカと頭を叩きながら、うーっと唸った。

その様子を心配そうに運転手がバックミラーから見ていた。


○美海のマンションのバスルーム

頭からシャワーを浴びながら、ふと胸元の赤い痣に気付く。

美海「えっ! これってもしや……。キスマーク!!!」

ショックのあまり倒れそうになりながら、フラフラになってバスルームを出ると、
スマートホンが着信音を鳴らしていた。


○リビング

表示されているのは、[リン姉さん]。

美海(どうしよう!)

ゴクリと喉を鳴らし、意を決して電話に出る。
美海「はい」
瑠鈴『おはよう美海、昨夜はどうだった?』

美海(昨夜は……)
星佑とのキスのことで、頭が一杯になる。

慌ててブルブルと左右に首を振り、キスシーンを振り払った。

美海「なにも、なかった。うん。なーんにも」

瑠鈴『えー。誘われなかったの?』

美海「社長は、いつも飲み会ではお酒飲まないんだって。真面目な人みたい」

瑠鈴『なんだもう、つまらない』
美海「ごめんね役にたてなくて、あ!こんな時間。リン姉さんごめん、私ちょっと用事があって」
瑠鈴『え、あっ美海?』
ピッと強引に電話を切った。

美海(リン姉さん、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさいっ!)
両手を合わせ、スマートホン相手に必死に頭を下げた。
(あぁ、本当にどうしよう)


○通勤途中の歩道(朝)

月曜日。
寝不足でフラフラになりながら、会社に向かう美海。

美海(やだなー。会社に行きたくないー)
道行く人に怪しまれながら、美海は項垂れて溜め息をつきまくる。

美海(恋も知らずにここまで来たのになぁ)

ふと、心の中の自分が聞いてきた。

心の中の自分「嫌じゃなかったんでしょ? うっとりしてたじゃないの」

美海(しょうがないでしょ、免疫ないんだから)

心の中の自分「大人の関係って割り切ればいいんじゃない? どうせバイトが終わればもう会わないんだし。それに偽装不倫なんだから傷つける人がいるわけじゃないんだもの」

美海(でも、リン姉さんが)

心の中の自分「リン姉さんと彼とは終わってるでしょ。リン姉さんは彼を恨んでいるけど、もう愛してはいないわ」

美海(そっか。そういえばそうかも)

心の中の自分「ただし、彼は人妻キラーよ。あなたとの関係はひとときの遊び。勘違いしちゃだめよ」
美海(わかってる!)


○社長室

扉の前に立ち、美海は緊張のUターンしたくなるが、なんとか堪える。

美海(大人の関係、一夜のあやまち、どうってことない!)
自分に言い聞かせ、笑顔を作って思い切り扉を開けた。

美海「おはようございます!」

社長室には星佑と女性秘書Aがいて、ふたりが振り返った。

星佑「おはようございます」
女性秘書A「では社長、よろしくお願いします」

星佑に寄り添うように立って書類を覗いていた女性秘書Aは、美海とすれ違いながら、キリキリと美海を睨んで社長室を出て行った。
女性秘書A「おはようございます」
美海(ったく、変態秘書め)


席につくと、星佑がゆっくりと近づいてきた。
視線の隅に星佑を感じるが、美海は無視して仕事を続けた。

美海(ああもう来ないでよ!)
平然を装うが、心臓は飛び出しそうなほど高鳴っている。

星佑「忘れ物」
そう言って、星佑はストッキングを美海の目の前に掲げた。

美海「うわっ」

真っ赤になって慌ててストッキングを奪い取る。
慌てて星佑の寝室から飛び出したので、ストッキングを忘れていたのだ。

星佑は、屈んで美海にキスをする。
そして親指で自分の唇をぬぐいながら、ニヤリと妖艶に微笑んだ。

星佑「お礼は?」

美海「あ、ありがとうございます。って違うでしょ! セクハラですよ社長」

星佑「え? 『毎日あなたとキスしたい』って君が言ったんだけどなぁ」

仰天して椅子から転げ落ちそうになる美海。
美海のデスクに軽く腰をかけ、美海の腕を支えながらニヤニヤと星佑は挑発する。

美海「う、嘘言わないでください」
星佑「本当だよ。もしかして覚えてないの?」

美海(こいつ、絶対からかっているんだわ。動揺しちゃだめよ。大人の対応大人の対応)
自分に言い聞かせながら、星佑の腕を振りほどいた美海は、エヘンと咳払いをする。

美海「会社ではそういうことは無しにしましょう。誰かに見られては社長も困るでしょうし」
ツーンと澄ましてみせた。

クスッと笑いながら星佑は自分の席へと戻った。


○社長室 十一時

女性秘書Bが社長室に入ってきたが、星佑は電話中。

暇を持て余した女性秘書Bが、美海にちょっかいを出してきた。

女性秘書B「そのワンピース、胸元開き過ぎ」

美海「そうですか? ここの通販で扱ってる物ですけど?」
ツーンと澄ます美海を女性秘書Bが睨んだ。

美海「社長がお電話終わったらお呼びしましょうか?」
(目障りなんでっ!)

女性秘書B「社長と撮影現場に出かける時間なの。このまま待つのでお構いなく」

美海「撮影現場?」

女性秘書B「ええ、そうよ。その後読者モデルさんたちとお食事会なのぉ。その後そのまま会議だから、戻る頃には、あなたはいないわねー」

美海「そうですか。それはそれはお疲れさまです」

睨み合っているうちに星佑の電話が終わった。

星佑「待たせて悪かったね。じゃ行こうか」
女性秘書B「いえいえ。では参りましょう」

慌ただしく二人は社長室を出て行く。


○廊下

女性秘書B「社長、こう言っては何ですが、彼女を社長室にひとりにして大丈夫なのでしょうか。いくら身元が保証されているとは言っても……」

星佑「大丈夫だよ。大切な書類は鍵つきの引き出しに入れてあるから」
万が一鍵を開けられてもわかるように、引き出しにはセンサーが付けてあり、開いた場合はスマートホンに通知が来るようになっている。
そう思いながら、星佑はチラリと社長室の扉を振り返った。


○社長室

星佑と秘書を見送った美海は、仕事の手を止めてやれやれとため息をつく。

美海(セクハラ社長め。でも今日はもう顔を合わせないで済むー。よかった!)

バンザーイと腕を伸ばして喜んで、それからは雑念を振り切るように黙々と仕事をした。
(お給料を貰っているんだもの、何はともあれしっかり仕事はしなくちゃ)

夢中で仕事をして、ふと時計を見ると、
十一時五十分。

何気なく星佑のデスクを見た。

ふいに出た、ため息。
美海(でも、なんか寂しいかも……)

そんなことを思った自分に驚いて、ペシペシと頬を叩き、また黙々と働き始めた。


○撮影現場(昼)

女性秘書B「これが最後の撮影だそうですが、念のため私は先にレストランに向かいます」
星佑、腕時計を見る。
レストランの予約は午後一時だが、十二時を五分過ぎていた。
星佑「ああ、よろしく。僕はスタッフと一緒に後から行くよ」

女性秘書Bがその場を去ると、星佑はスマートホンを取り出した。

メールを開く。
興信所の調査員からのメール『土日も買い物に出ただけで、桜井美海は誰とも会った形跡はありません。今朝もまっすぐ出勤しました』

メールを読んだ星佑は、そのままスマートホンで何かを開いた。

星佑が見つめるのは社長室の観葉植物に設置してある隠しカメラの映像だ。

画像の中で、美海は背もたれに体を預けて大きく伸びをしている。
それからぐりぐりと首を回して、ふぅーっと溜息をつく。
しばらくそのままボーっと固まったあと、バッグから雑誌を取り出した。
一瞬画像を録画し拡大してみると、求人情報誌のようである。
また動画に戻り、見ていると、
今度はお弁当らしき包みを取り出した。
そして、パクリとおにぎりにかぶりつき頬を膨らませながら満足そうに食べている。

そこまで見た星佑は、クスッと笑ってスマートホンを閉じた。


○美海のマンションのリビング(木曜日の夜)

お風呂から出てくつろぎながら、瑠鈴に電話をする。

瑠鈴『はーい。お疲れ』
美海「今日も何もなかったし、女性のお客さまも来なかったよ」

瑠鈴『ふーん。会社ではおとなしいのかしら。おかしいわね。女性客がいるはずなのよ。シキコっていう女が』

美海「うーん? シキコね。わかった。来たら報告するね」

電話を切ってやれやれとため息をつく。

美海(どうなることかと思ったけれど、とりあえず無事乗り切れるかも)

なんだかんだと忙しそうな星佑とは、話をする余裕もなかった。
とはいえ、あれきり何もないとはどういうことなのか。

美海(あの夜は軽い遊びたったのね)
そう思うと、ほんの少し胸が傷んだ気がした。

恋愛に免疫がない奥手女子。
かたや、バリバリの人妻キラー。
美海(あの人にとっては、きっと日常茶飯事のことなのよ)

あれは夢の中の出来事だったのだ。忘れよう。
美海は、そう心に誓った。

なのに――。

泊まった日から一週間が経った金曜日。

○社長室

星佑「美海、今日はうちに泊まりにおいで」

それは突然の誘いだった。

美海「へっ?」

さすがにそれはない。
いくら大人のふりをしたところで、これ以上は無理だ。

美海「それはちょっと……」

言葉を濁したが嫌な予感がして、美海は咄嗟に瑠鈴に渡されているペン型の録音装置をオンにする。

星佑「言うこと聞いてくれないと、ご主人に浮気をバラしちゃうよ」

美海(えっ?!)

星佑がふっと美海の唇にキスをした。
悪魔のような微笑みを浮かべながら……。
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