私の中におっさん(魔王)がいる。
第五章・異世界でした。
 私は俯いたまま、頭を上げられなかった。きっと私の顔は今、青ざめてる。
 鞄をぎゅっと握り締めた。
 握り締めたってなにが変わるわけじゃないけど、今は、私の世界の物はたったこれだけだ。
 ただ自分の世界の物に触れていたかった。

「嬢ちゃん、とりあえず屋敷に帰ろう。でなきゃ落ち着いて話も出来ねぇよ、な?」

 花野井さんが優しく言いながら、私の肩に触れた。

「……はい」

 頷くしかなかった。


 * * *


 先を急ぐということで、私は花野井さんにおんぶされることになった。
 急ぐにしたって、早足とか走るとか出来るのになんでおんぶされなきゃならないんだろうと不満に思ったけど、なんだかみんながぴりぴりしてる気がして、口に出せなかった。

 花野井さんの背中は広くて、大きくて、たくましい。
 緊張から、胸の高鳴りを押さえられなかった。
 男性におんぶされたことなんてないもん。

 ドキドキしながら、背中に密着する。だけど、不思議と胸の中心と背中がくっついた途端すごく落ち着いた。
 人の体温って、心地が良い。

「出発するぞぉ!」
「あ、はい」

 私が返事を返したと同時に、花野井さんは急加速した。

「えっ――キャアアア!」

 ぐんっと体が後ろへ引っ張られる。風圧が私をふるい落とそうと猛スピードでぶつかってくる。

(うそでしょ! 軽く五十キロは出てるよ!?)

 私は必死に花野井さんにしがみついた。

(なんなの!? とても人間業とは思えない! こんな人間いるはずないっ! やっぱり、ここは私の世界とは別の世界なんだぁあ!)

「おっ! 嬢ちゃん積極的だな! 背中に意識集中しちまうぜ」

(こんな時にセクハラかっ!)

 背中の密着を剥がそうにも、そんなことをすれば即座に振り落とされる。だけど、文句を言おうにも、口を開くだけで舌を噛みそうになって口も開けない。
 
(もうイヤァ! 吐く……吐くぅうっ!)

「おい、体力馬鹿。小娘が死にそうだぞ」
「え!?」

 何故か並走していた毛利さんが私のグロッキーに気づいたおかげで、私は花野井さんから降ろされた。

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