旦那を守るのも楽じゃありません
王女、襲来

本日は義実家から旦那と一緒に出勤です。馬車に揺られて外を見ていると突然ジークが呟いた。

「何かさ、首の後ろがチリチリするな…」

私はにわかに緊張した。ジークは魔力を診る能力はないがその代わり、剣士の直感が鋭い。戦場で時々、首の後ろが…と言っていると敵襲があったり…大型の魔獣が襲って来たりするのだ。

「何か…来ますか?」

「近くに気になる気配も無いが…フィー、念のために追跡魔法を王都全域にかけてくれ」

「御意」

はい、私は伊達に王国の盾の異名を頂いている訳じゃないのだ。自分で言うのもおかしいけれど、大陸で5本指に入る防御と補助魔法の使い手だと自負している。

ゆっくりと魔法を使って行く。よし…

「今の所、王宮に近づく者に怪しい感じはありませんね。ほぼ知っている魔力です」

ジークは少し微笑んでからまた窓の外を見た。

そしてジークの嫌な予感は王宮に着いてすぐに分かった。

詰所に向かうまでにやけに客室付きのメイド達が忙しそうだ。特に普段使わなさそうな貴賓室に向かう姿が多い。

「やっぱり首の後ろがチリチリする…」

ジークはそう言って首を摩っている。何だろうか…

「おはようございます」

ジークと一緒に事務所に入ると、クラナちゃんが飛びついて来た。

「ミルフィ先輩…良かった、聞いてます?」

「何かあったの?」

「ブーエン王国のジャレンティア王女殿下が…」

その名前を聞いてドキッとした。

「ジャレンティア王女殿下が…どうしたの?」

クラナちゃんが口を開く前に私達の背後から、カイトレンデス殿下の硬い声が聞こえた。

「明日ブーエン王国のジャレンティア王女殿下が我が国に表敬訪問されることが急遽知らされて来た」

「あ、明日!?」

私の隣に立つジークから怒っているのか…とんでもない魔力圧が放たれている。

カイト殿下はチラッとジークを見てから深く溜め息をついた。

「滞在中の案内役にはジークレイを御指名だ」

事務所内にいた事務員からざわめきがおこった。

事情を知らない皆は、ジャレンティア王女の年齢とジークを御指名と言う事と、先日ブーエン王国に行っていた…という事実から

王女殿下に狙われた!しかも年上の女、再び!

というゴシップ?に皆が沸き立っていた。当然私も噂の標的になってしまった。時期的に結婚が突然過ぎたことで、『王女の追撃をかわす盾』と、恋愛方面でも守護の盾だと揶揄されることになった。

それはまあ…事実ジークを守る盾なんだからいいのだけれど…

え~とね、朝その話を聞いてからジーク機嫌悪いんですよ。もうさ、事務所の窓ガラスがずっと震えてるんですよ、ジークの魔圧を受けて…

カタカタカタ…と鳴り続ける音がジークの怒りの大きさを表しているようで、少し大きめにカタン…と鳴る度にパルン君がビクついているのが痛々しい。

「ごめんね、パルン君」

つい謝るとパルン君と同じく事務員のヨーデイさん(渋オジ)が気遣わしげに私の方を見てきた。

「ミルフィーナさんが謝ることじゃないですよ?それに先程お越しになったクワッジロ閣下…お兄様が何か策があるとかおっしゃってましたし…きっと大丈夫ですよ」

そう…先程、ミケ兄が冷たい冷気を放ちながら事務所を訪れ今、カイト殿下とジークと3人で執務室で作戦会議をしているようなのだ。

するとバンッと音を立てて執務室の扉が開き、ミケ兄様とジークが連れだって出て来た。心配になってジークを見ると少し落ち着いてきたのか、軽く笑って頷いている。ミケ兄様が手を挙げた。

「皆~聞いてくれ。明日の表敬訪問は王太子付のこの第一部隊が任務につくことになったから、全員でジャレンティア王女殿下の護衛と案内を宜しく頼むよ」

え?何ですって?

皆がポカンとして固まっているとミケ兄様は涼やかな目で事務所全体を見回した。

「なぁに、表敬訪問の書簡が届いてね。よく、よ~く読んでみるとジークレイに案内を頼むとは書いてあるけど、ジークレイ一人だけで案内を頼むと書いてなかったから~この馬鹿じゃ王女に失礼を働いたらマズいしな!皆で間に入って取り成してくれ!」

そう言ってからミケ兄様は私に「今日は実家にジークと来い。」と耳元で囁いて帰って行ってしまった。

ミケ兄様が帰った後、クラナちゃんがきゃあ!と言って立ち上がった。

「そうですよね!皆で丁重に王女殿下をもてなして差し上げましょうよ!」

ようは…王女とジークの盾に皆がなるということね。パルン君もヨーデイさんもニヤニヤしている。よーし!やってやるか!皆で拳を突き上げた。

その夜、今度は私の実家…公爵家にジークを伴って帰った。散々ミケ兄様に弄られて…うちの両親からは、婿になった記念?にジークが欲しいと懇願していた『魔法の巾着』をもらい翌朝を迎えた。

朝、事務所に早めに行くと、鼻息の荒いクラナちゃんがもう出勤していた。

「意味は無いですが早起きして顔のパックをしましたよ」

「分かるわ~その気持ち」

クラナちゃんはパックしたおかげか、肌の調子は良さそうだ。そしてもう一人、今日はミケ兄様の所属する部隊から強力な助っ人がうちにお手伝いに来てくれていた。

アザミ=シンクサーバ少将…20才。性別は女性。

至極色の髪にエメラルド色の瞳。髪を高く結い上げて、女性にしては背は高く実働部隊の有能な兵士の一人だ。体術が得意で非常に女性人気が高い。そう…同性にモテる、格好良いお姉様なのだ。アザミはクラナちゃんの淹れてくれたお茶を飲んで寛いでいる。

「実はどのようなお顔しているのかな…と気になりまして、ジャレンティア王女殿下の絵姿を保管している法務課に行って絵姿を見せてもらってきたのよ」

「わあ、どんなお顔されてました?」

クラナちゃんが聞くと、アザミはフンッと鼻で笑ってから

「絵姿が3割盛って描いているかもしれない事を考慮しても、大したお顔ではありませんね」

と、ズバァーッ!とはっきり告げてきた。うん、この恐ろしい性格…失礼、しっかりした性格であるので今回はミケ兄様が助っ人に是非っと寄越してくれたのだと思う。物理的な盾は頑張りますので、精神的な盾は是非、アザミに頑張ってもらいたいと思います。

さて…お昼前にジャレンティア王女殿下御一行はやって来た。

ジークには申し訳ないのだが若干ワクワクしてしまうことを許して欲しい。豪奢な馬車から降り立つ王女の靴先が見えて、妙に興奮してしまう。

バーン!

効果音があるならまさにそんな感じでゴージャスな正に豪華絢爛なメイクとドレスの派手なジャレンティア王女殿下が馬車から降り立った。

ちょっと拍子抜け…というか派手ではあるけど、ごくごく普通?の王女殿下だった。魔質だって腹黒ではないし、魔力量が特別多いこともなく極々普通な王女様だ。

「ジークレイ様ぁ!お会いしたかったですぅ!」

…この王女は普通ではないか。

この王女殿下、表敬訪問の意味が分かっているのかな…。カイトレンデス王太子殿下をガン無視ですよ。ああ、殿下がイライラしている。それよりもっとイライラしているのがうちの旦那だ。

王女殿下が旦那に向かって走り込んできそうだったので、ジークと私達の周りに魔物理防御障壁を張った。

ボヨ~ン…王女殿下は私の張った障壁に押し戻されていた。別に手で押した訳ではないので不敬ではない。カイトレンデス殿下の存在を無視している方が不敬だと思われる。

王女殿下の御一行様のメイドや侍従…そして術師と役人の方々から、厳しめの視線を受けた。

未婚の女性が既婚男性に往来で抱き付こうとしたんですよ?何か間違ってますか?

するとここでアザミが援護射撃をしてくれた。

さり気なく、尚且つ王女に聞こえるように嘲笑ってくれたのである。

王女の御付きの方々から更に鋭い目が私とアザミに向けられた。でもアザミは意に介せずだ。

「ようこそお越し下さいました、ジャレンティア王女殿下」

カイトレンデス王太子殿下がイライラ魔力をなんとか抑え込みつつご挨拶された。普通は王太子殿下の前でまずは淑女の礼…が常識でしょう?

するとやっと王太子殿下の前で淑女の礼をしたジャレンティア王女殿下は、チラチラとジークを見て全然カイトレンデス殿下のお言葉を聞いていなかった。

それから場所を移動して貴賓室に入ろうとした時、ジャレンティア王女殿下は廊下に立っていたジークに向かって直接

「ジークレイ様、私と一緒に町へ出かけましょう。もう待ちきれないわ~」

と、上目遣いな猫なで声で話しかけてきた。何度も言おう、直接ジークに話しかけてきたのだ。

これは高貴な方の振る舞いでやってはいけないことだ。まず侍従やメイドを間に立たせて本人のいない場所で付き添いの有無は確認せねばいけない。

王族は自分でアピールしてはいけない人種なのだ。この方…26才だっけ?何故嫁に行っていないのか分かった気がした。

流石に御付きの方々も困ったような顔を見せている。誰か注意する人はいないのかしら?



< 8 / 27 >

この作品をシェア

pagetop