私の中におっさん(魔王)がいる。~毛利の章~
第九章・何故

 何故、こんな気持ちになるのか、自分でも不思議でしょうがない。
 こんな感覚は、今まで味わった事が無かった。
 これが、奴が言う〝愛〟とやらなのだろうか?
 いいや。そんなはずはない。

 毛利は小さくかぶりを振った。

 ぼやっとしていて、見ていてイラつく。無鉄砲で、すぐに感情に走る。冷静に対処できないというのは、愚か者の証拠だ。
 そんな小娘に、俺が恋などするはずがない。ましてや、愛などと――と、毛利は自分に芽生えているかも知れない感情を否定した。

「毛利さん」
 弾むように言いながら、ゆりが毛利の視界を遮った。内心では驚いていたが、毛利は表情に一切出すことなくゆりを見た。

「……なんの用だ?」
「なんの用って、別に用はないですけど。用がなくっちゃ話しかけちゃいけないんですか?」

 ついつい、意地を張ってそんな風に言ってしまったが、ゆりは実は毛利を待ち伏せしていた。
 二ヶ月間、ずっと頭の隅にこびりついていたことに、いいかげん終止符を打ちたくなって、ゆりは機会を窺っていた。

 タイムリミットはバイトまでの一時間。その間に毛利が廊下を通れば、訊きに行くと自分自身と賭けをしていることにして、自分を鼓舞し、耳を済ませて廊下の板を踏む音を探した。
 板が鳴っては、障子を開けて覗き見て、毛利ではなくてがっかりする。そして、安心して胸を撫で下ろす。

 そんな複雑な気分を三回ほど味わったあと、毛利がやってきた。それで、つい声音が弾んだのだが、素っ気無く返されて、言い返してしまったというわけだ。


 頬を膨らませて、あからさまに拗ねたゆりを、毛利は呆れた気分で見る。
 自分がどれだけ感情が駄々漏れになっているのか、ゆりはまったく気づかない。

(無自覚な分、利用はしやすいが、性質が悪いとも言える)
 何故、性質が悪いと思ったのか毛利は考えなかった。しかし、次に自分で発した言葉に毛利は心底驚いた。

「可愛いつもりか?」
「はあ?」
 ゆりは驚いて目を丸くした。そんな自覚はないのだから、当たり前だ。相変わらず失礼なことを言う人! と、ぶすっと頬を膨らませた。

 一方で毛利は、自分の発言から、自分がゆりを可愛いと思ったことを自覚した。
(いや、そんなわけはない)
 動揺しながら、毛利は必死に否定する。それを微塵も出さないものだから、ゆりはケンカをふっかけそうになった。

「毛利さ――」
(いや、いや。落ち着いてゆり。これじゃ、話が全然進まない。もう、ケンカしちゃう前にさっさと言っちゃお!)
 そう心を落ち着かせて、切り出した。

「あのぉ……」
「なんだ?」

 でも、実際に言葉に出そうとすると、胸が高鳴り、言葉に詰まる。
 毛利はそれを見てイラつかない自分に驚いた。以前ならば確実に、早くしろとイラついていたところだ。時は金なり。ぐずぐずしているやつは嫌いだった。
 だが今は、言い辛そうにゆりが恥らうたびに、胸の奥が締め付けられそうになる。

「なんだ。早く言え」
 毛利は、わざと、イラついて見せた。だが、ゆりにはイラついたかどうかは解らないだろうと思っていた。
 彼の感情の変化は、長年の友である夜壱ですら判らないということがままある。小娘などに判るわけがない。そう高を括っていた。いや、ある意味、諦めていた。
 だが、ゆりはその微妙な変化を汲み取った。

「そんなにイラつかないで下さいよ! 今言います!」

 女の子が意を決してるんだから、ちょっと待っててくれたってバチは当たらないんじゃないの! と、内心で憤慨した。
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