私の中におっさん(魔王)がいる。~毛利の章~
第十七章・封魔書


 ――― ――― ―――

 初めに、この巻物に真実全てを記そうと思う。
 私が生まれた頃、既に在ったその邪悪なる存在は、全ての命の敵であった。
 アジダハーカ。その恐ろしく醜く、暴食の限りを尽くす魔竜は、吸魂竜(ドラグル)という竜が突然変異した生物であった。

 そのような魔竜が繁殖し、人々のみならず、全ての生物は恐れ戦きながら暮らしていた。
 アジダハーカの咆哮で、殆どの者が死に絶える。

 魂を引き出され、やつらの糧となってしまう。アジダハーカの食は、魂であったのだ。
 そこで、我々は考えた。

 アジダハーカの糧である魂。
 それを釣り餌とし、アジダハーカを操れないだろうか。

 我らの仲間に、三条一族と呼ばれる王族がいた。
 その者達は神の一族と呼ばれ、一族全てに能力が宿っている、稀有なる者達であった。その中に、相手を操る術があった。

 相手に貼り付ける(内部に入れる場合もある)呪符と、その呪符を受信して操る呪符。その対になる呪符を使って、魂の塊の中に呪符を封印し、内部から操ろうと考えた。

 まず、吸魂竜を捉え、数多くの人間の魂を取り出し、磁力を使う仲間がそれを固めた。その魂の数は五千にものぼった。
 巨大なエネルギー態の完成であった。

 それをアジダハーカに与えたが、術は不発に終わってしまった。結局五千の命があいつに食われてしまっただけだった。
 奴等の鱗は硬く。槍や刃物は一切通さない。

 外的要因で奴らを殺す事は、困難、いや、事実上不可能であった。
 能力者が何度も挑んだが、あの鋼のように固い鱗には傷をつける程度がやっとであった。
 そこで、次に、アジダハーカの命を吸い出せれば良いのではないかと考えた。

 我々は、吸魂竜の能力を分析し、もう一度魂の塊を作った。
 そして、その能力を魂の塊に加えた。

 これならアジダハーカを吸い取って倒せると思われたが、吸い取れたのは、アジダハーカの命のほんの僅かだけだった。
 それどころか、塊が姿を現していると、その内に吸魂竜の能力が発動し、勝手に魂と体を吸収してしまう事態となってしまった。

 困り果てた我々は、この塊を器に封印することに決めた。しかしどんな器に入れても無駄であった。
 三条一族の結界を持ってしても漏れ出してしまう。

 そこで生き物に封印することにしたが、中々合うものが現れない。
 どんな生き物にも適応しない。触れたとたんに魂を体ごと持っていかれてしまう。
 我らは悲観にくれたが、仲間内からアジダハーカの内部に入れてみたらどうかと声が上がった。
 我々はそれを実行してみた。

 すると、アジダハーカは内部から魂ごと吸われて死んだ。
 我らは歓喜し、魂の塊で犠牲になってくれた者達を讃え、塊を『魔竜を倒す王なるもの――魔王』と呼んだ。
 しかし、それで終わりではなかった。

 物語のように、めでたしで終われってくれたら、どんなに良かっただろうか。
 一匹だけ、魔王に適応してしまったアジダハーカがいたのだ。
 やつは、凶悪な咆哮に加え、魔王の中にいる能力者の能力までもを操るようになってしまった。

 我々は、この一匹に手の施しようがなくなり、十年間で二十億もの生物が死んだ。中には絶滅してしまった生物もいた。
 我々は、贖罪と、希望を託し、新たなる計画を立案した。

 新たに魔王を造り、生き残ったアジダハーカより採取した細胞(鱗)を加え、それを適合できる器に入れる事により、アジダハーカを越える能力の数を操れる者が誕生するのではないか――そう考えた。

 新たな魔王を造るにあたり、吸魂竜の能力をどうするか会議が開かれたが、結局は元のように能力を加えるより他になかった。
 それに、あの憎き生き残りのように器として適応したのなら、なんら問題はないとの結論に至ったのもまた事実ではあった。

 我々は器に相応しい人間を探すため、ある呪陣を完成させた。
 そして、探知能力者の自己犠牲によって、異世界から器となる少女、いや聖女が呼ばれたのだ。

 聖女は、魔王を宿され、見事に適応して見せた。
 結界師の結界でも短時間しか持たなかった魔王の暴走を、聖女は見事内側にて封じ込めたのだ。

 だが、聖女は思ったように能力を扱う事が出来なかった。
 感情に左右されやすく、元々アジダハーカと違い〝能力〟というものを持たないためか、扱う事が難しいと感じられていたようだった。
 これでは、アジダハーカを倒す事は出来ない。

 我々はなんとか聖女に能力を上手く扱ってもらうため色々と試したが、彼女にとって、それは良い傾向とは呼べなかったのだろう。
 聖女はある日、男と共に我らの拠点を逃げ出そうとした。
 真相は分からない。逃げようとしていたのかも知れないし、気分転換でどこかへ行こうとしたのかも知れない。
 だが、そこで悲劇が起きる。

 聖女は死んでしまった。
 何故そうなったのか、私はここに記す事は出来ない。
 私はその理由を知らないからだ。

 だが、男が泣きながら連れ帰ったときにはもう、彼女は息をしていなかった。
 いつの間にか恋仲になっていたのだろう。
 彼はひどく落ち込み、泣いて暮らした。

 聖女はいつまで経っても腐敗すらせず、綺麗なままだった。
 まるで生きているかのように、頬が赤く色づいているのだ。
 
 男は埋葬する決心が出来ず、魔王を使って彼女を生き返らせる事を考え始めた。
 男はある日、従者であった結界師の男と共謀し、彼女を生き返らせる事にした。

 彼女の魂に語りかけるため、共感性のある呪符を彼女の中に入れようとした。
 従者の男が、結界師の能力である、空間把握・操作を最大限に生かし、体を貫かずに魂にのみ触れようとしたのだ。
 だが、従者は跳ね返されてしまった。

 そこで、今度は男が一緒にやってみると、今度はすんなりと入った。
 彼女が彼を受け入れたのだろう。

 だが、その魂は既に魔王の中に取り込まれてしまっていた。
 男は逆上し、そのまま魔王を聖女から取り出してしまった。

 すると、突如けたたましい咆哮が上がり、アジダハーカがやってきた。
 脅える人々であったが、アジダハーカは何もしなかった。

 魔王の光に呼応するように、呼吸をしているように感じられた。
 そこで、いち早くからくりに気づいたのは、聖女の恋人である男であった。
 男は、従者から対になる呪符を奪い取った。

 対になる呪符……。それは、最初にアジダハーカに入れた呪符の対であった。
 そう。
 生き残ったアジダハーカは、最初に魔王を食べたあのアジダハーカだったのだ。

 今から思えば、アジダハーカは己の細胞が入った魔王に、共感性のある呪符が入る事によって、魔王と繋がっていたのだろう。
 アジダハーカは、意識の混濁状態にあった。

 その隙に、男はアジダハーカに入っていた呪符と対になる呪符を従者から奪い、アジダハーカの操りを試みた。
 見事、彼はアジダハーカを操ったのである。

 魔王が光り輝いている限り、呪符を持つ者がアジダハーカを操らない限り、魔竜、アジダハーカは意識を失ったままだ。
 だが、ここで起こった事は、歓喜でもなく、やり遂げられた達成感でもなかった。
 悲劇――。そう、悲劇が起こった。

 彼は、もはや魔竜などどうでも良かった。
 男は、聖女の復活のみを望んだのだ。
 男は、魔王から聖女の魂を分離させたいと考えた。
 しかし、そんな事をすれば、アジダハーカを目覚めさせる事になってしまうかも知れない。

 我々は反対した。
 反対するしかなかった。
 しかし、男は憤り、憤慨し、ついには、アジダハーカを使って、我々を滅ぼそうとまでした。

 我々は、彼を殺すより他なかった。
 壮絶なる戦いの後、彼はある地に埋葬され、魔王は誰にも悪用できぬように、聖女に戻され、ある国の、屋敷の地下深くに対になる呪符と一緒に封印された。

 念のため、結界師が結界を施し、誰もその屋敷に近づく事が出来ぬようにした。
 こうして、アジダハーカという魔竜は、魔王である聖女と供に眠りについている。
 どうか、魔竜に永劫なる眠りを。
 聖女、魔王にやすらかなる永久の眠りがあらんことを、ここに願って。

                      レテラ・ロ・ルシュアール。

 ――― ――― ―――










< 84 / 103 >

この作品をシェア

pagetop