私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~
第一章・竜狩師
「う……ッ」
 唸り声が、耳元で鳴った気がした。
 おぼろげに意識が揺り戻され、次いで耳の痛みでゆりは目を開けた。
 ぼんやりとした意識の中、先程の唸り声が自分のものだったのだと気がついて、ふらつく頭を抑えて上半身を起こした。
「ここは……?」

 きょろきょろと辺りを見回したが、辺りは森森とした木々に覆われていただけで、目に付く人工物や、建物はない。
 大きな岩が少し離れた場所にあり、その奥が切り取ったように消えている。おそらく、急斜面になっているのだろう。
 森にしては斜度が高い気がする――ゆりは、ゆっくりと立ち上がった。

「もしかして、ここって山の中? でも私、屋敷にいたはずじゃ……」

 意識が飛んでしまう寸前まで、ゆりは倭和国にある屋敷の上空付近を飛んでいた。屋敷を一歩出れば、深い森に囲まれていたのも上空から見て知っている。
 墜落したにしても、山の中だというのは可笑しな話だ。屋敷周辺には、山は愚か、小高い丘すら見えなかったのだから。

「じゃあ、やっぱりここは森なのかな?」
 ゆりは独り言ちて歩き出した。

 不思議と途方に暮れる気分にはならなかった。まだそれほど頭も働いていないのだろう。
 ふらふらと道を探して草を掻き分けて進んだ。

 暫く進むと、人が踏みしめて作ったような大きさの獣道に出会えた。
 ほっとした息をつき、その道を辿って歩いたが、二十分ほど歩いたところで、急に不安が押し寄せてきた。
 
 一歩一歩と草を踏みしめるたびに、ここは森の中ではないと確信していく気がした。
 彼女は明らかに登っていたからだ。

「引き返そう」
 何故自分が山中にいるのかは分からないけれど、登るより下ったほうが良い――ゆりは踵を返して、山を下り始めたが、一時間程経った頃に、更に顔面を蒼白にした。
「なにこれ……」

 目の前には、崩れ落ちた崖が広がっていた。
 地滑りが起きたのか、すとんと切り離されたように獣道が無くなっている。
 眼下に広がるのは、深い森の頭。眼前には、雲ひとつない青空が広がっている。

「どうしよう」
 ゆりはその場で頭を抱えながら、しゃがみ込んだ。
 落ち込む気持ちをなんとか抑えて、脳をフル回転させる。

 このままここに留まり誰かが通るのを待つか。だが、誰が来るという保証はない。だったら引き返し山を登れば、頂上付近に他の下りの道があるかも知れない。

 だが、この山の高さが分からない。とんでもなく高い山なら、下る道を探した方が良い。
 川を探すという手もある。川の側を歩けば水だけは確保できるし、滝に当たらない限り川沿いを歩いていけば確実に下界には下りられる。
 だが、山で迷った時は動くな――とも聞いた事があった。
「でもそれだって、私がここにいるって知ってる人がいなきゃ意味ないのかな……」

 ゆりは考えに考えた挙句、暫くその場に留まった。
 中々決心が出来ず、考える事を拒否して絶壁から遠くを眺めていた。
 しかしそうしている内に、ふと決心が湧き、彼女は立ち上がった。

「よし、山を登ろう」
 あの獣道はまだ続いていた。
 もしかしたら、途中で別の下る道に繋がっているかも知れない。
 その途中で川を見つけたらその時考えればいい。
 まだ日も高いようだし、なんとかなるはずだと、彼女は自分を鼓舞して立ち上がった。
「よし、行こう」
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