私の中におっさん(魔王)がいる。~風間の章~
第九章・瞑国上陸
 船旅三日目。
 例の偽薬のおかげで、風間さんの調子は良かった。時折顔色が悪い気がした時もあったけど、もどすことなくお昼を回ろうとしていた。
 そんな時、船員さんから一報が入った。あと十五分もしない内に、瞑に着くと言うのだ。私はテンションが上がってしまい、意気揚々と甲板に出ていた。

「わあ!」

 すでに地平線上に町が見え始めていた。まだまだ遠く感じられたけど、久しぶりに海以外を見る。人がいるところに行くと思うだけで、何故だか安心した。
 ふと、振り返ると、風間さんが後ろに立っていた。私の隣にきて、手すりに手をかける。

「瞑ですね」
「はい!」

 感慨に浸るような声音に、明るく返事を返す。
 やっぱり、風間さんにとって船から下りられるというのは意味深いものらしかった。
 まあ、それだけじゃないんだろうけど。雪村くんへ一歩近づいたというところもあるだろうな。

「あの町は、なんという町なんですか?」

 遠くに見える町を指しながら訊く。

「あの町は、燦引(さんいん)という町です」
「燦引」

 どんな町なんだろう。
 期待しながら、遠くに見える町を見据える。
 会話の間にも、町はぐんぐんと近づいていた。

 ふと視線を落とすと、手すりに手をかけていた服の袖が視界に映った。
 そういえば、瞑では洋服(キフル)を着ているって言ってたっけ。

「永では服を着替えましたけど、燦引でも着替えるんですか?」
「いえ、その必要はありません」
「そうなんですか」

 なんだ……残念。ちょっとキフルというのも着てみたかったなあ。
 
「永と瞑は互いの国を行き来している者も多いですし、入国証(ゲビナ)が永国の物ですから、服はこのままの方が良いでしょう」
「なるほど」
「と言っても、功歩に入ってからは着替えた方が無難でしょうね」
「どうしてですか?」

 風間さんは少し困った顔をした。

「功歩は永ほど治安が良くないので、旅人を狙った犯罪もあるんです。もっとも、瞑国もさほど治安は良くありませんが」
「そうなんですか?」

 治安が良くないとか言われると、正直びびるんですけど。
 モヒカンでゴツイ人が、ゆあーしょっく! 的なイメージが過ぎるんですけど。

「まあ、永国の人間は他の者よりは狙われづらいと思いますよ。友好を壊したくないという思いが働くと思います」
「友情は大事ですもんね!」

 意気込む私に、風間さんは笑顔が張り付く笑い方をした。愛想笑いだ。
 多分、私の答えが間違っていたんだろう。

「……違うんですか?」

 訊ねると、風間さんは微苦笑する。

「違うと言いますか。瞑では永との仲を強調するような教育を施すと聞いた事があるので、友情というよりは、そういったことなのかなと」
「ロマンがありませんね」
「すみません」

 苦々しく言った私に、風間さんは困ったように笑った。
 いや、風間さんのせいじゃないけど。

「ですが、なかにはそういった教育を受けていない者も当然います」
「学校って、誰もが行くものじゃないんですか?」
「学校(テコヤ)は、その国によって通える人数も日数も違います。永国では貧しい家でない限り、殆どの家の子供が通っていますが、瞑ではそこまで教育は行き届いておりません。山賊や海賊もいますしね」
「そんなものまでいるんですか?」
「永以外の国では山賊や海賊は当たり前にいます。怠輪と倭和はわかりませんが」

(そうなんだ)
 思わず絶句してしまった。

 海賊は元の世界の現在でもいたけど、そんなの遠く離れた海外の話だったし。今時そんなのいるんだなぁ、くらいにしか思ってなかった。それが、当たり前にいる世界に来てしまったんだ。
 身震いする。
 物騒なところにきてしまったんだと、改めて思った。

(そういえば、アニキも元山賊だっけ)

 目線を海に戻すと、町がもうすぐそこまで迫っていた。
 
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