重たい衣装を急いで脱いで、湯船に体を投げ出すと、ばしゃんと孔雀石で作られた浴槽にしずくが飛ぶ。

「あー危なかった」

 呟きながら、白い湯気の中に真珠色の肢体をのばした。ほのかに良い香りがするのは、湯船にピンクの薔薇の花びらが浮かべてあるからだろう。

 黒い髪をちゃぶりと白い湯船に沈める。薔薇だけではなく、なにか肌に効果がある入浴剤が入れてあるのだろうか。まるでミルクを溶かしたように柔らかなお湯は、リーリヤの日焼けをしていない肌にもしっとりとしみこんでくる。

 けれど、リーリヤはもう一度無作法に腕を伸ばした。

「あーだめ。衣装だけで肩が凝る!」

(どう考えても、私にこの生活は無理!)

 たった三百二十年の間に、まさかこれだけ貴族の生活が変わってしまっているとは思わなかった。

「いや、そりゃあね。私も悪いわよ?」

 ちゃぶんと、湯船に顔を半分沈める。

 呪いのせいでうまく魔法が使えなくなったが、縛られているせいで発動した魔力が抜け道を探すのか。いつも使った魔法が斜め上の効果を発揮するせいで、特に生活に不便は感じなかった。それどころか、斜め上の効果で、作った化粧水がまさかの不老長寿薬に。鏡に映るお肌が、ずっと、すべすべと喜んでいたのは秘密だ。次に作った傷薬は万病の回復薬になって、自分の経済的にも寿命的にもありがたかった。

「だってねえ……。これぐらいできないと、伝説の魔女っぽくないし……」

 知らない間に勝手につけられていた名前だが、やはりお伽噺を夢見る子供達がいる以上、少しはそれっぽい方が良い気がする。だから、斜め上に発揮する自分の魔力がどんな風に作用するのか。森で誰にも干渉されないのを幸いと、楽しんで研究していたのも事実だ。

「まあ、雨乞いの呪文で嵐を呼んで、作物を全部倒したときには、さすがに悪いとは思ったけれど……」

 代わりに新しく蒔いた種に芽吹きの呪文をかけたら、三分で収穫できるほど大きく育って、結果としては、跪いて感謝されたのだから許してほしい。

 それも、なぜか勝手に美しすぎる伝説されていて驚いたが。

「でも、さすがに放置しすぎたわ……」

 ふうと湯船から顔をあげる。

 そして、黒大理石で造られた天井を見上げた。

 呪いが体に食い込みすぎたのだろうか。最近は斜め上どころか、使おうとした魔法が思うように発動できないことが起き始めていた。

 ばしゃっと湯をすくい、こぼれていく雫に映る自分の影を見つめる。

(だから、慌てて呪いを解こうとしたのだけれど……)

 ふと自分を見つめるエドワルトの瞳を思い出す。

 まっすぐに自分を見つめてくる瞳。甘い声で囁かれる愛の言葉。

(違うのに)

 エドワルトが見ているのは、魔法で歪んだ婚約者の自分で、囁く言葉も愛して婚約したと信じているからだ。

 わかっているのに。

 なにか、まずいような気がしてしまう。

 あまりにまっすぐに自分だけを見つめてくる瞳のせいで、勘違いしそうになるのだ。

「ダメダメ! とにかく早く呪いを解く手がかりを探して、離れないと」

(勘違いしてはだめ。彼が見ているのは、湯気で歪んだこの水に映る姿のような婚約者なのだから!)

 たがら、ざぶりと湯を頭からかぶった。