【番外編 完】愛を知らない彼
きっかけ 〜千花〜
「ありがとうございます」
「少しは落ち着きましたか?」

ホットココアを一口飲むと、その甘さと温かさに気持ちが落ち着いてきた。

「お時間を取らせてしまってすみません。もう大丈夫そうです」
「それは一安心だ」

そう優しく微笑む彼。
少し早い時間だけど、きっと仕事帰りなのだろう。
付き合わせてしまったことを申し訳なく思う。

「にじいろ幼稚園の先生ですよね?あの通りはいつも通るので、お見かけしていました」
「はい、そうです。幼稚園教諭をしている森沢千花と言います」
「〝千花先生〟ですよね?知ってます。私は神谷康介です。通勤でいつも幼稚園の前を通ってるんですよ。いつも子ども達に呼ばれているのを見かけますよ」
「……それじゃあ、泥んこなってるのも見られてますね……」
「全力で子ども達に向き合ってていいじゃないですか」

は、恥ずかしい。

「実は、ずっとあなたのことが気になっていました。って、こんなタイミングで言うのもなんですが……。あの道を通る時に見かける、子ども達に向けたあなたの笑顔が素敵だなあって思ってました」

「えっ……」

「今日の千花さんは、ものすごく落ち込んでいたようですね。何かあったのですか?よかったら話してみませんか?愚痴を聞くことぐらいしかできませんけど」

戸惑いはあったものの、心にある不安や後悔を誰かに打ち明けたいという思いの方が強く、出会ったばかりのこの男性に今日起こった、子どもが怪我をしたことを話していた。
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