幼い私は…美人な姉の彼氏の友達の友達に恋をした

7、ケーキバイキングにて

 
 気になる発言をシャルロットにかまされたまま別れる選択を余儀なくされた陸は、今もなお挙動不審だった。

「陸ちゃん、ケーキバイキングいやだった?」

 ケーキバイキングまでの道すがら、典子の沈んだ声が耳に入る。

 先程のやり取りをまだ引きずっていた陸だが、せっかくの提案をしてくれた典子を嫌な気分にしてしまったと焦る。

「違うよ、違う! めちゃくちゃケーキバイキング行きたいよ。ごめんね、さっきシャルロットが言った事が気になって…」

「そうなの? あれはシャルロットちゃんの漫才みたいなものじゃないの?」


 典子と美恵が心配そうに両側から覗きこんできた。


「だよね! 気にしすぎかな?」

「うん、うん、甘いもの食べて、忘れよー」

「なんだ、なんだ、典ちゃんは忘れたい何かがあるのかなぁ?」

「後で聞いてね!!」


 三人女性が揃えばかしましい。まだ見ぬケーキバイキングの種類当てをしながら目的地を目指す。

 観光マップには必ず掲載されていると言っていいほどの人気店【ジョリ】。

 フランス語で可愛いを意味するこのケーキバイキングは連日人気の店舗だった。

 外観はまさに 『おフランス』という感じ。もちろん本場フランス人が見れば、どこが?? と言われるかもしれないが、あくまで日本人からすれば、そこはフランスの庭園を連想させた。

 郊外に作られた店舗は土地が安い、駅から徒歩20分と多少 歩かないといけないが、それが苦にならないほどの美しい建物だった。

 なだらかな丘の上に立つそのお店は、外観はもちろんのこと、テーブルから椅子、食器に至るまですべて白を基調としており、そこに品良く並べられた生花が鮮やかに彩られ、まさに女性達の憧れ〝お姫様の庭園〟だった。

 店の作りも人気だが、また女性の人気を独占している理由が、時間無制限方式を採用していたからだ。

 本来人気店ならば時間制限がつくのが当たり前であるが、このジョリ店にはそれがなく一度座れば閉店の20時まで居座る事が出来る。

 店側も1日のうち、店内のテーブル一度のみと言う計算で、全体の70%くらいが埋まれば黒字の計算。ずっと居てくれても、それこそ開店の13時からラスト20時まで居座っても大丈夫です。というのが売りだった。

 当日予約も出来る為、行ったはいいが席がなかったという失敗はない。



「わぁ!! 陸ちゃん、美恵ちゃん、見えてきたよーー」

「ほんと、おっきいねー。お城みたい!」

「すごー大きいなぁー」

 圧倒される外観にケーキ以外のドキドキ感を胸に抱く。陸達の身長の倍ほどある扉の横に、可愛らしい制服を着たウェイトレスさんが待機しており、食べる前から胸がいっぱいになっていく。

 丁寧にバイキングの約束事や注意事項などの説明をスタッフから受けながら、あらかじめ予約されていた席に案内される。

 先ずは腹ごしらえと、陸、典子、美恵の三人はケーキ以外の軽食を皿に盛っていく。盛ってはいくが、そこは芸術大学生だ、美しくが鉄則である。

 サンドイッチや生ハム、ソーセージ、パスタなど。ケーキバイキングと名を打たれているが、ケーキを食べなくとも十分満足出来る品揃えだ。

 だからといって、男性が来たいかと言われれば否定するだろう。

 ひと通り軽食を食べ終わり、第二弾のケーキを五種類ほど皿にのせ、香り豊かな紅茶をポットに二、三杯ほどの分量で作り置きし、さて、女だけの秘密トークが始まる。


「さて。典ちゃん!悩みがあるのだろう。言ってみな!!」

 唐突に美恵が議長のように、わざとらしく「オホンッ!!」と咳払いをしてみせた。

 典子はモンブランケーキを一口、口に含みもくもくと咀嚼する。口になくなったケーキ、まだ湯気が立つ紅茶を少量口に流し、やっと話し出した。

 その間、もちろん陸も美恵も、ケーキを嗜む。


「……あのさ、彼氏と別れたんだ」

 ケーキを食べる手が止まる。

「えっ? 典ちゃんの彼氏って、あれでしょ、うちの大学の絶対的アイドルの奏一(そういち)くん。オッケーもらったぁー!もう一生もんのラッキー使ったぁー!!って半年前に言ってたよね?」

 陸達グループのあるあるだが、陸達はあまり恋愛話をしない。

 それよりも何処ぞで有名絵画展があるぞ、石碑を見にいくぞ、次の課題のテーマはなんにする! と色恋以外の会話で基本盛り上がる為、各自彼氏持ち(陸 以外)だが、互いの恋愛事情を話さない間柄だった。



「うん…そうなんだけどさ。エッチが無理なの」

「エッチ? なんで、相性悪いの??」


 普通に交わされる会話に、陸は知らないからこそ今後の為に真剣に聞く。


「奏一くんさ、小さいんだよ。びっくりするくらい」

「あちゃー、前彼がデカかったからでしょ」

「こんな事さ、最低って思うだろうけど。全然気持ちよくないの。
奏一くんさ小さいくせに独りよがりだし、タンポンと対して変わんない。
入れてるかどうかも、あんまり分からないからさ、もっと動いてって言ったら喧嘩になった。で別れた」

「うわっ、最低。自分本意な奴、一番嫌だよね」


 無経験な陸はただただ真剣に聞く。


「やっぱさ、身長高いとデカイのかなぁ」

「前彼?」

「一概に言えないけど、でもねある程度はさぁ…。私さ、前彼に電話してみようかな。彼女はまだいないみたいだし。
 奏一くんみたいにイケメンじゃなかったけど、優しかったしさ。エッチの時だって何度もやってんのに、いつも確認しながら挿入してくれるの。それが本当に気持ち良かったんだ!!」

「典ちゃんさ、申し訳ないけど。前彼の純じゅんくんの方が楽しそうだったよ」

「性の不一致プラス性格も不一致だったからね。
 ……まぁさ、それはいいとして。…デカイといえば…シャルロットちゃんの婚約者のラースメンさん、デカそうだよね」

「あっ思った! 結構通常モードで股間の膨れ具合、凄いもんね」

「えぇーーーーーーー!?」


 突如話が変わり陸が口を挟んでしまう。陸はこの手の話についていけない。めちゃくちゃ参加したいが知らないから参加出来ない。

 何処に何を入れるのかは知っている。数年前に義兄と姉のセックス現場に遭遇した際、義兄の股間の形状はしっかりと把握した。

 美術大学に通う陸はヌードデッサンという時間もある為、比較的裸体に対してエロさを感じない。有名絵画や彫刻は基本男性女性ともに裸体だからだ。

 そして今はネット社会、漫画や小説、エロ動画的なので、そうなった状態も知ってはいる。体験した事がないだけで。


「そう言えばさ、陸ちゃんは?彼氏つくらないの?」

「彼氏…」

「好きな人はいないの? 聞いた事なかったよねー。陸ちゃんってさ、どんな人がタイプなの? 漫画やアニメの二次元ではなくて、生きてる人間でね!!」

「うん………」


 黙ってしまった陸に、二人は先を促すように同じく黙る。そして今だとばかりにお皿に並べたケーキを口に運んでいく。

 しばらく三人とも、無言でパクパクもぐもぐ食べて、あらかた皿にのったケーキがなくなったところで陸が口を開く。


「…………好きな人は…いる」

「うん、で?」

 陸のグループの中ではお姉ちゃんタイプの典子が返答を請け負う。

 冗談の言い合いが好きなグループだが、今の空気は少し真面目だ。美恵も進行は典子に任せたのか沈黙を貫いている。


「…ずっと…好きなの。……ずっと…」

「陸ちゃん、それは違うよ。違う。彼は生きてる人間だけど、アニメや漫画の世界の人みたいなもんだよ。シャルロットちゃんとかと仲がいいからって、私達は普通の一般市民だからね。
 同じだと思っちゃダメ。いい加減目を覚ましな」

「えっ? 何? 」


 陸は思ってもなかった友人の返しに驚く。

 進行役を典子に任せていた美恵さえも、真剣な表情で陸に言葉を投げる。


「ごめん 分かるよ。流石に。この間のゼミ旅行はとくに。テレビ出てたよね、ポスターあったよね、駅の電光掲示板に映ってたよね、毎度ボー〜と見てた。
 かなり大声で呼ばないと陸ちゃん、見惚れたまま動かなかったもん」


 美恵が陸の態度を洗いざらい話した後、典子の核心に迫った言葉が陸に投下された。


「陸ちゃんが好きだとぬかす相手は、龍鳳寺財閥の御曹司、奇跡の超ハイスペック独身メンズ〝龍鳳寺 要〟でしょ」


 本気で驚いている陸に、典子も美恵も悲しげな視線を送る。

間違っても、おフランスで可愛らしい庭園みたいなケーキバイキングの場所ではあり得ない声色だ。

 何か攻めるような二人の視線が、陸の今まで隠していた柔らかな心の大切な部分に強く刺さった。




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