幼い私は…美人な姉の彼氏の友達の友達に恋をした

9、五時。ジョルデカルータ店にて

 
 シャルロットは嫌々、渋々、溜め息を吐きながら、そして頭痛薬まで飲んで、以前の写真(陸の谷間写真)を受け渡したのと同じ場所同じ店。
 目的地である龍鳳寺財閥所有のホテル最上階にある、紅茶専門店『ジョルデカルータ』を目指していた。

 現在16時30分。

 変態、変態と龍鳳寺 要をこけおろしているが、シャルロットはまだ21歳。相手は31歳。年齢もだいぶ上だが、要は事実上経営者のトップに立つ人。話し方や作法が物を言い、絶対に失敗は許されない。

 シャルロットは長女だが、龍神財閥の跡取りはシャルロットではなくシャルロットと8歳離れた弟のアルバンが継ぐことになる。

 それはシャルロットも納得済み。可愛くて真っ直ぐな弟の未来の道を出来るだけ広くしてあげたい、サポートしたいのだ。

 であるから、間違っても要本人を前に変態と言ってはならない。確実に変態であってもだ。


「ラースメン、私できるわよね?」

「はい。シャルロット様はできます。例え全世界の人がシャルロット様の敵になっても、私は最後まで…命引き取るその時まで、貴女の味方です。
 お好きなようになさってください」

「ラースメン、愛してる! 今世で貴方に巡り会えてよかったわ」

「はい、神に深く感謝しております」


 ラースメンの安心できる大きな身体にすがりつき、いつものようにバキバキの腹筋あたりに頭をグリグリ押し付ける。

 押し付けられたシャルロットの形よい小さな頭は、ラースメンには頼りなく思う。

 だが、この小さな頭の中は宇宙だ。五カ国語を操り、経営術を網羅した頭脳が埋まっている。ラースメンも四カ国語を話せるが、基本物事を真っ直ぐにしか考えられない為、経営などには向いていない。

 絞り込まれた肉体が、物理的にシャルロットの盾にしかならないのだ。ラースメンはそれでいいと思っていた。

(シャルロット様の盾になる事が、私の誉れ。龍鳳寺様には、絶対に味方になって頂かなくては。陸様を売ってでも…)

 柔らかいシャルロットの髪を頭の形にそって、上から下に優しく愛しく撫で付けていく。


「龍鳳寺様を味方にすれば、これほどの強固な盾は存在しないです」

 シャルロットはラースメンのバキバキ腹筋から頭を離し、顔を真上に向ける。

「違うわよ、私の盾はラースメンだけ、間違えないで。
 もちろん仕事が一番だけど、大好きな陸と、へんた……龍鳳寺様の恋のキューピッドになりたいの!」

「シャルロット様、間違っても龍鳳寺様ご本人を変態と呼ばれないように」

「うっ、分かってるわ…ついアダ名で呼んでしまうの」

「アダ名でしたか…。的を得ていると思う己も大概酷いと感じました」


 抱き合ったまま微笑む二人は、長い車体の高級車をおりてホテルの最上階にあるカフェ、ジョルデカルータ店を目指す。

 要人用のエレベーターで最上階に着き、皺一つない立ち襟シャツにドレープになったリボンネクタイを付けた見目麗しいボーイが、待っておりましたと頭を下げた。

「龍鳳寺様は1時間前からお待ち頂いております。どうぞこちらに」

 シャルロットはギュンッとラースメンを見る。ラースメンは即座に時間を確認し、仕事用携帯も確認した。

 メール内容はきっちり夕方5時と書いている。


「キモっ」

「シャルロット様、言葉に気をつけてください」

 たしなめるラースメンの声を聞きながら、右脇に持つ陸の生乳下着写真の価値の重さに緊張が走る。

 用意された部屋に入室すれば、やはり美貌という言葉をこれほど体現しているのは、龍鳳寺財閥の御曹司である彼だけだろうと再確認する。

 人間離れしたオーラを放つ要が、秘書とすでに着席していた。


「遅くなり、申し訳ございません」

 シャルロットの謝罪と共にラースメンも頭を下げた。

「別に遅くはない。予定時間よりも20分速い。謝罪の必要はない」

 要の言動から、待たせた事への怒りはないみたいで、一安心する。

 目的のものが陸の生乳写真でなければ、シャルロットとて美しい要に見惚れたはず。

 しかし麗しい見目の脳内がヤンデレ犯罪者思考であれば、砂金一粒ほども羨ましくなく、かつ興味がない。


「ありがとうございます。ではお約束の品物です」

「確かに受け取った。確認…してきてもいいだろうか?」


 すでに顔が赤い要。脳内がいくらキモくイタくとも、この漏れて受け止めきれないほどの甘ったるい色気は、シャルロットの性的スイッチを問答無用で入れてくる。

 受け取った瞬間、席を立って部屋を出た要に、第一秘書である裕介は呆れ顔だ。


「一度、換気しましょうか。甘ったるい雰囲気で気分が悪いですね」

「いえ…、大丈夫です」


 クールで達観したもの言いの裕介に、甘ったるい雰囲気が霧散する。シャルロットに対してあまり良くない感情も見え隠れし、唾を飲み込んで頭をフル回転させ、次の一手に臨む。

「では、要様が帰ってくるまで…帰ってこない場合も考慮し、ある程度は要様と話を詰めています。
 早速、契約の話をしたく思います」


 陸の生乳下着写真は今から要に使われるのを、秘書である裕介が容認している事に驚きを隠せない。

 写真を持って出て行ったという事は、部屋も用意されているのだ。

まさか〝若田〟が!?と。

 実は若田 裕介は要と並ぶほど冷酷かつ頭脳明晰。変わっていると言えば聞こえがいいが、要同様変人の部類だ。

 I.Q180から繰り出される細かい細かすぎる内容は、社内でもトップクラス。基本が丼勘定の要と違いペン一本、ペットボトル茶一本でも、意義なければ経費としては落とさない。全ての行動に理由を述べよ。と言う始末。歩く速度まで理由をつけて歩き、生きよと言うのだ。

 プレゼンで若田に進行役をさせた日には、毎度 精神的に落い詰められ実際に嘔吐する社員が後を絶たず。進行役はさせないと同時に、最終チェック以外の会議には参加させない、という暗黙のルールが出来るほどの男だった。

 仕事スキルとは全く関係ないが、要には劣るが見目も一級品。

 180をギリギリ超える長身に亜麻色の髪、ブラウンの瞳、細身で眼鏡がとびきり似合う超絶イケメンでもあった。


「契約…とは何でしょうか?」

 席にはつく。しかし写真を無事受け渡し、今後の話をしたい要本人がいない今、もはやシャルロット達に用事はない。

 龍鳳寺グループと仕事がしたいと意気込んでいたシャルロットだが、今、この場で仕事を決めようなどと大それた事は思っていない。

 大学を卒業した後。シャルロットが自社に完全に入り仕事をする時、龍鳳寺グループと本格的に手を組む為の布石にしたかったに過ぎない。

 シャルロットとラースメンは分からぬ先を想像しながら恐々と、しかし己の価値を落とさぬように姿勢を伸ばし、若田裕介と視線を合わせた。


「契約の詳細ですが、こちらをご覧ください」

 机に並べられた書類をシャルロットは受け取って速読していく。その内容は思っていた以上の素晴らしい企画書で、シャルロットの手は震えていた。

「……これは? まさかこの企画書に書かれているドレスを我が社で用意しても…よい、ということで間違いありませんか?」

「はい、龍神グループはアパレルメーカーの大手。是非、レッドアンドブラック賞の授賞式。最優秀演技賞をとる鳥野 苺に着用させるドレスを作って頂きたい」

「貴社もアパレル業界に精通しているのに、我が社が表立って参加してもいいのでしょうか?」

「正直なところ、力を分ける為にです。授賞式は龍鳳寺グループ。身につけるドレスは龍神グループ。宝石は桂川夫妻の会社に一任しております。
 鳥野苺は、芸能界のドン、アッダグループの一押しの女優。今回の演技賞も全てが実力ではございません」

 芸能界の奥深さは、頭が良くてもまだ若いシャルロットには未知の世界。

 若田の言葉全てを鵜呑みにする訳ではないが、何かしらのしがらみはあるものだ。それはどの業界も同じく、ボランティアではなく最終は金儲け、会社の利益の為に動いている。

 シャルロットは己の立ち位置を何処に置くかを、冷静に判断する。たった一つの言動で未来は大きく変わるからだ。

 真剣なシャルロットに、若田裕介は会社とは別にという思いを知ってもらう為、声を和らげ声量も下げ、同情を誘う台詞をはいた。


「アッダグループは、鳥野苺を要様の妻へとねじ込むつもりです」

 冷静に聞いていたシャルロットだが、思わず立ち上がりそうになり、半分上がった尻を椅子に戻す。

「ここからは私の勝手な憶測に過ぎませんが、態度や言動全てで最早確信となってます。
 要様はあのように、外見は陶器人形さながらに見目麗しく、文武両道、健康的、男性的な部分も誇れる大きさです……、」

(いや、そこは聞いてないし、聞きたくないし、むしろあの変態行為で全てがゼロベースまで落ちるわよ)

 シャルロットは内心で毒づく。顔に出ていたのか、はたまた裕介も日頃から思っていたのか、シャルロットと同じ内容で要を貶す。

「ですが、陸様への危ないまでの執着心が要様の魅力を地に落としております」


(…分かってるのね)思わず頷いてしまう。


「写真の金額は少し法外ですが、目を瞑ります。要様が幸せそうですし、仕事が異常に片付きますので、構いません。写真もいいのがあれば今後も買い取ります」

 シャルロットもラースメンもこればかりは、陸を売っているようで心が痛い。

 陸本人が内緒にしているようだから知らない振りをしているが、以前シャルロット、ラースメン、陸の三人で酒を飲んだ時に、ベラベラに酔い潰れた陸本人から、九年間ずっと要の事を想い続けている、初恋だと聞いた。


『好きなの、好き、大好きなの。好き、大好きなの』と泣きながら眠った陸に驚いたものだ。

 あらゆる伝をつかい要に会い、陸の事を聞いた瞬間。人が変わったように食い付いてきた要に、一歩。いや五歩くらい後退した当時を瞬時に思い出した。


 裕介は椅子を引き立ち上がり、シャルロットに頭を下げた。

「要様の弱点は決して外に漏らさないで頂きたい。そして、出来れば要様と陸様の中を取りもって頂きたい。
 鳥野苺だけではなく、要様はありとあらゆる方面から絶対的な権力を有する妻の座を虎視眈々と狙われています」

 爆弾発言を聞いて、思考が停止する。シャルロットは陸の味方。陸が健気に隠している想いを簡単に告げは出来ない。

 二人はすでに両想いだと口から出かけて、腹に力を入れそれを呑み込む。

 秘密なんて聞きたくない、秘密を聞けば一緒に落ちるしかないからだ。

 話を止めようとしたシャルロットに、下げた頭をあげ裕介は、さらに秘密を暴露していく。


「要様は人より抜きん出た美しさのせいで、心より身体が先に成長し、快楽を知ってしまいました。
 それは若い頃。たくさんの女性と身体の関係もあったようですが、今は…陸様への恋を自覚してからはこの数年、一切女性と身体の関係はございません。
 自宅以外では、女豹に薬を盛られ襲われないよう常に我々と同じ部屋を使っております。本当に清いものです。
 処女である陸様とて、要様の身体を先に知られたら心より先に身体が快楽に溺れ、一番欲しい心を貰えなくなります。
 要様の初恋は陸様です。だいぶ拗れてますが、小学生のような淡い恋をしていらっしゃいます。どうか、陸様の友人であるシャルロット様から、なんとかして二人を繋ぎ合せて頂きたい」

 まさに一番聞きたくなかった秘密だ。となりに座るラースメンの顔には「龍鳳寺様をおちょくった罰ですね」と書いてある。


「分かりました。座ってください」


 憮然としたシャルロットに、裕介は爽やかに言い切る。

「上手くいった暁には、きっと要様はシャルロット様含め龍神財閥を何処よりも懇意にし、最大の味方になることです。是非頑張ってください」


 勝ったも同然の試合だが、何故か釈然としないのは何故か?

 当の本人達がこの場にいないからだ。

(周りが入ると、拗れるのが『恋』なんだけどなぁー、上手くいくといいけど…)


 話が終わり、絶妙なタイミングで高そうなケーキと紅茶が運びこまれる。

(あぁー、安いケーキ食べ放題がいいわ、っていうか、変態はいつまでしてるつもりかしら…。はぁーー憂鬱だわーーー)



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