密偵をクビになったので元主のため料理人を目指します!
再就職希望
 部屋を飛び出した私はどこへ行くことも出来ず、城の裏の隅で膝を抱えていた。
 どれくらいそうしていただろう。私にとってはとても長い時間のように感じた。

「おい。いつまでそうやってへこんでるつもりだ」

 呆れた声が頭上から降ってくる。
 声の主は顔を上げなくてもわかった。その正体は、私が今もっとも憎む相手だ。

「へえ、ふうん……ジオンがそれを言いますか。誰かさんはいいですねえ。ちゃっかり主様と余生を過ごせる権利を手に入れたんですから。どうせ私はこのザマですよ。自分だけ幸せになるつもりですかコノヤロウ!」

 膝を抱えながら低く唸る。やはり恨み言しか出てこなかった。

「お前は本当、俺には口が悪いよな。昔っからよく突っかかってくるしよお」

「うるさいです」

 全部、全部ジオンが悪い。
 主様からはいつも一番に頼られて。私よりも長くお仕えしていて。私よりも主様のことを知っている。だから私はジオンのことが嫌いだ。
 名前だってそう。私は軽々しく主様の名前を呼ぶことが出来ないのに、ジオンは簡単に呼んでみせるから!
 要するにただの嫉妬だ。自分が酷く小さい人間のように思えて嫌になる。

「ルイス様、心配してたぞ」

 ここで主様の名前を出すジオンは狡い。この男は主様の名前を出せば私が無下に出来ないと知っているのだ。

「お前は俺の顔なんてみたくないだろうけど、お前のことを気に掛けてやってくれって俺に頼んだのはルイス様だぜ。つまり今俺がここにいるのはルイス様の意志だ」

 呆れたジオンの言葉を切っ掛けに、ついに私の涙腺は崩壊した。
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