real face

煙のない喫煙室

宴席に戻りづらくて、トイレの近くにあった喫煙室に入る。
誰もいないその小部屋は微かにタバコ臭いけど、みんなのいる場所よりは遥かにマシだ。

木原課長との結婚なんて、無謀な望みだったんだと思い知らされた。
課長からかけられた優しい言葉や、私を見つめてくる眼差し、時にはからかわれたりふざけ合ったりした事、いろんな出来事が思い出される。
計画的に近づいて、課長に好かれるように意識して接していた。

美里先輩にも相談して、より課長の好みの女性に近付けるように努力してみたり。
私が彼を落とすんだと、息巻いて。
それなのに……。
落とされていたのは、私の方。
自分の幸せのために、目的を果たすつもりが、相手の策に嵌まっていたなんて。
私、木原課長のことを本気で、好きになっていたのかも。


人きりになって油断したのか、涙が込み上げてきた。
ここは喫煙室なんだから、いつ誰が入って来るか分からないのに。
幸い、うちの会場になっている部屋からは離れた場所だから、まさかこんなところまでは来ないだろうけど。
だってわざと離れた場所にやって来たんだから。

とうとう堪えきれなくなり、涙が頬をつたう。
やだ、化粧が崩れちゃう。
こんな時でも化粧を気にするなんて、よっぽどこの仮面が大事なのか。
指で涙を払うと、また更に予備軍が目頭に集結してくる。
私の涙腺は、呆気なく崩壊した。
次から次に溢れ出てくる涙たちは、滝のような勢いで頬を流れていく。
化粧という仮面を剥がしていくかのように……。

「うっ………うぅぅぅぁぁぁぁぁっ」

もう止められない。
私は声を上げて泣きじゃくった。


どれくらいの時間が経ったのだろうか。
やっと涙が落ち着いてきて、涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔をハンカチで押さえた。

ファンデーションと涙で汚れたハンカチで今度は目元を押さえる。
マスカラとアイライナーも当然のごとく涙に滲んで、ハンカチにくっついてきた。
鏡を見るまでもない。
私、さっきよりも更にひどい顔になっているはずだ。

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