私、愛しの王太子様の側室辞めたいんです!【完(シナリオ)】
第8話「一夜を共に」
〇ユリシーズ王太子後宮・ローズマリー私室(夜)
ユリシーズ「大丈夫?虐められなかった?」
ローズマリー「もう、ユリシーズ様!リリアン様は私のお友達よ!悪いこと言わないで」
ユリシーズ「お友達……」
ユリシーズは複雑そうに呟く。ローズマリーはその様子に不満そうだった。だが、ユリシーズがローズマリーの膝裏に腕を入れ、横抱きにしたことで、慌てたような表情になる。
ローズマリー「ゆ、ユリシーズ様?!」
ユリシーズ「暴れちゃダメだよ。ほら、僕の首に腕を回して」
ユリシーズの指示に大人しく従うローズマリー。頬を淡く染めておずおずと首に腕を回したローズマリーを見て、ユリシーズは口元を上げた。
ユリシーズ「いい子」
そしてそのままベッドへと向かう。
ユリシーズは丁寧にローズマリーをベッドへと寝かせて、自分もそのままベッドへと乗り上げた。ローズマリーは茹でダコのように真っ赤になる。
ローズマリー「ユリシーズ様?!なんで……?!」
ユリシーズ「僕の後宮でしょう?不思議な事なんて何も無いじゃないか」
そのままローズマリーに覆い被さる。ローズマリーはいっぱいいっぱいの顔で、ユリシーズを見上げた。
ローズマリー「そうだけどそうだけどそうだけどそうだけど」
今にも湯気が出てきそうな真っ赤な顔で、パニックになるローズマリーに、ユリシーズはクスリと少し意地悪く微笑む。
軽いリップ音と共に額に口付けられたローズマリーは、口から心臓が飛び出てしまうのではないかと思うくらいドキドキしていた。
だが、ユリシーズはそれ以上はせず、ローズマリーを自身の腕の中に抱き込む。
ユリシーズ「僕は一昨日と昨日はほとんど眠れていないんだ。ローズマリーも疲れたでしょう?」
ローズマリー「は……、はい……」
ユリシーズ「じゃあ、今日は一緒に寝ようか」
ユリシーズに抱き締められたローズマリーは、ガッチガチに緊張していた。
ローズマリー(こ、こんなの、眠れるわけないじゃない……!!)
だが、ユリシーズはすぐに気持ちよさそうな寝息をたてはじめた。
ローズマリー(顔色が良くないわ……。一昨日と昨日はほとんど眠れていないって言っていたものね……)
ユリシーズの顔を見る。言われてみれば、ユリシーズの顔が青そうに見えた。きっと疲れているのだろう。ユリシーズの匂いに包まれている。おそるおそる胸元に顔を寄せると、トクトクと穏やかな胸の音が聞こえた。その音を聞くうちに、ローズマリーもいつの間にか夢の世界へと飛んだ。
(夢)(過去)
〇ユリシーズ王太子後宮(十年前)
ユリシーズ「ローズマリー、今日は良いところに連れて行ってあげる」
ローズマリー「良いところ?」
ユリシーズ「うん。着いてからのお楽しみだよ」
まだ幼い顔立ちの少年が小さな少女の手を引いた。少女――ローズマリーは少年――ユリシーズの言葉を疑うことなく、大人しくついて行く。後ろから護衛も付いてくる。後宮を抜け、王城を出て、王城を取り囲む森のすぐ側にそびえ立つ古めかしい塔の前でユリシーズは立ち止まった。しっかり手入れがされているのか、王城からの繋がっていた石畳も、塔の周囲も小綺麗に整備されている。雑草なんてない。むしろ春先になれば庭園のように花が咲きそうなくらいだった。
ただ、塔自体が古そうな事もあり、ローズマリーは心配そうにユリシーズを見上げる。その視線にユリシーズは安心させるように微笑んで、キーヘッドに細かい彫刻がされた鍵を取り出した。
ユリシーズ「父上にはあらかじめ承諾を得ているよ」
キョロキョロとローズマリーが物珍しそうに辺りを見渡している間に、ユリシーズは慣れたように塔の扉を開ける。中は窓から光が差し込んでいるのか暗くはない。外観同様に内観も綺麗に整えられていた。
ユリシーズ「一番上まで登れる?」
ここまできて、ユリシーズは少し心配そうな顔でローズマリーをのぞき込む。ローズマリーは得意げな笑みを浮かべて、胸を張った。
ローズマリー「ええ!ユリシーズお兄様、競争しましょう!」
言い切らないうちにローズマリーは石段に足をかける。完全に不意をつかれたユリシーズは咄嗟には動けずに出遅れる。
ユリシーズ「あっ!……あんまり急ぐと危ないよ!」
ローズマリーの後を追い、ユリシーズも駆け出す。体力のありあまった子供たちは楽しそうな笑い声をあげる。その声は、石造りの塔の中をこだました。一足先に頂上まで一気に登り切ったローズマリーに、追いつくような形でユリシーズもたどり着く。ローズマリーの息は切れていたが、ユリシーズは額に汗が少し滲んでいただけであって、まだまだ余裕そうだった。
ローズマリー「っ……!」
塔の一番上はバルコニーのように開放的になっていた。少し強い風が吹いている。思わず目をつむったローズマリーの小さな手を、ユリシーズがキュッと握る。
ユリシーズ「危ないからちゃんと手を繋いでいようね」
おそるおそるバルコニーの端に近付くと、眼下には城下町が広がっていた。中央街には人が多くいるのだろう。小さな人々が動いていた。
ローズマリー「う、わあ……!」
ユリシーズ「綺麗でしょう?」
感嘆の声を上げたローズマリーにユリシーズは微笑みながら景色を見渡す。雲一つない青空は、ユリシーズの瞳と同じ色をしていた。
ローズマリー「綺麗だわ!ユリシーズお兄様!……あ!あそこの噴水の人が集まっているのはなにかしら?輪……?みたいになっているわ」
ユリシーズ「大道芸じゃないかな?ほら、たまに王城に招かれている人達だよ。ああやって外でもみんなを楽しませているんだ」
ローズマリー「そうなんだ!……あそこの小さな森は?」
ユリシーズ「あれは位置的に王立植物公園かな。温室もあるから今度行ってみようか」
ローズマリー「本当?!うれしい!」
はしゃぐローズマリーを、ユリシーズは目を細めて眩しそうに見つめる。
ユリシーズ「将来、今ローズマリーの見ている全てが僕の物になるんだ」
ローズマリー「ユリシーズお兄様?」
ローズマリーが景色から目を離してユリシーズを見上げた。
ユリシーズ「……その時もこうやって城下を一緒に見てくれるかい?」
ローズマリー「ええ!もちろん!」
ローズマリーは勢い良くその言葉に頷いた。
(夢終了)(過去終了)
ローズマリー(まだあの時は、ユリシーズ様の事をお兄様呼びしていたのよね)
遠い過去の夢から意識が戻ってきたローズマリーは、夢うつつの中で考える。
ローズマリー(いつの間にか〝お兄様〟、だなんて呼べなくなってしまったわ)
どこかで鳥が鳴いている。
まだ弱い外の光がカーテンの隙間から入ってくる。ほんのり空気は冷たい。きっと早朝なのだろう。
ローズマリーは肌で感じながら、目をゆっくりと薄く開いた。ベッドの天蓋が視界に映り込む。
ローズマリー(城下をみる約束を、したけれど――)
ローズマリーの脳裏に一人の少女が浮かぶ。気弱で、セミロングの黒髪の少女が。
ローズマリー(――もう、叶えられそうにないのかも)
目尻が冷たい。ローズマリーが指で目尻を拭うと、少しだけ水滴がついてきた。
夢見がよかったのか、悪かったのかは分からないけれど、頭はよく眠れた時のように冴えている。上体を起こすと、ローズマリーの手をひと回り大きな手が引き留めるように掴んだ。
ユリシーズ「……おはよう」
寝起き特有の掠れた声と共に、ユリシーズはローズマリーに向かって柔らかく微笑む。ローズマリーは一瞬何が起きているのか分からずに、固まった。
ローズマリー「な……っ、」
ローズマリー(そ、そういえば、ユリシーズ様と一緒に寝たんだった……!!)
急に真っ赤に顔を染めたローズマリーに、ユリシーズはクスクスと上品に微笑む。
ユリシーズ「まだ朝早いからゆっくりしよう?」
ユリシーズはローズマリーの手を引く。そして、バランスを崩したローズマリーを自身の腕の中に抱きとめて、ベッドへと寝転がった。
ローズマリー「ゆ、ユリシーズ様っ!」
ローズマリーは焦った声を出した。ユリシーズの腕に囲われて、温もりを感じて、思い出すのは――
ユリシーズ「〝閨の儀〟、僕は楽しみに待っているからね」
という〝閨の儀〟が決まったすぐ後のユリシーズの言葉。
一気に耳まで赤くなったローズマリー。ユリシーズはその反応にますます笑みを深くした。
ユリシーズ「ふふっ。僕を意識してくれて嬉しい」
ユリシーズ「でもね、」
ユリシーズはそこで区切って、ローズマリーを押し倒した。ローズマリーは自身に覆いかぶさったユリシーズを見上げた。
ユリシーズ「早く僕に慣れてほしいかな」
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