私、愛しの王太子様の側室辞めたいんです!【完(シナリオ)】
第12話「お見舞いのはずなのに閨の話になってる?!」
〇王城 ユリシーズ王太子私室(昼)
ローズマリーはそっとユリシーズの寝室の扉を開けた。天蓋付きのベッドに上体を起こすユリシーズと、宮廷医師がローズマリーの方を向く。
ユリシーズ「おいで」
ユリシーズの優しい声につられて、ローズマリーは足早にユリシーズの元に向かう。
ローズマリー「ユリシーズ様!体は……?!」
ユリシーズに近寄ると、いつも通りの笑みを浮かべてローズマリーを迎えてくれる。毒を飲んだにしては元気そうではあった。
ローズマリー(でも、顔色があまり良くないわ……)
宮廷医師「ユリシーズ殿下、ご側室様。ユリシーズ殿下はご無事でしたが、絶対安静です。よろしくお願いいたします。」
白衣を着た宮廷医師が頭を下げる。
ユリシーズ「分かったよ。ありがとう」
ローズマリー「分かったわ……」
ユリシーズとローズマリーの返事を聞いた宮廷医師は診療道具を一つにまとめた。
宮廷医師「では、容態が変わった場合はすぐにお申し付けください。近くにおります」
ユリシーズ「ありがとう」
宮廷医師が一礼をして部屋を出る。ローズマリーは宮廷医師が腰掛けていた枕元近くの椅子に座る。
ローズマリー「ユリシーズ様……。ごめんなさい」
ローズマリーは眉を下げて謝った。膝に置いた手を握り締める。ドレスに皺が出来た。
ユリシーズはローズマリーの手に、そっと自身の手を重ねた。ローズマリーの手がすっぽりと覆われてしまうくらい、骨ばった男らしい手。そして、ローズマリーの顔を覗き込んだ。
ユリシーズ「ローズマリーは何に対して謝っているの?
毒事件に対して?
お菓子を作ったことに対して?
それとも――僕に毒を盛ったことに対して?」
ローズマリー「毒なんて盛ってないわ!」
間一髪入れずに返したローズマリーは、口をへの字に曲げる。拗ねるようにユリシーズを見るローズマリーに、ユリシーズはニンマリと笑った。
ユリシーズ「そうでしょう?じゃあ、堂々としていればいいじゃないか」
ローズマリー「でも、私がお菓子を作ったから、また毒を入れられたのよ……」
自然とローズマリーの目線が下がっていく。ユリシーズはローズマリーの手を握った。お互いの温かさが伝わってくる。
ユリシーズ「いいや、僕がお願いしたんだ。ローズマリーに〝また、ローズマリーお菓子を食べさせてね〟って」
ローズマリーは顔を上げた。
ユリシーズの青空のような瞳が真剣にローズマリーを見つめる。
ユリシーズ「だから、ローズマリーがそんなに気に病む必要なんてないんだ」
ローズマリー「ユリシーズ様……」
ローズマリーはユリシーズの手を握り返した。
ユリシーズ「僕の方でも調査はしているよ。けれど、こうして予防出来ずに再度起こってしまった事に関しては、申し訳なく思っている」
悔いるように眉間に皺を寄せたユリシーズ。
ローズマリー「そんな……」
ローズマリー(元はと言うと、軽率にまたお菓子を作った私のせい……)
落ち込みかけたローズマリーだったが、ユリシーズが冷静に状況を分析する。
ユリシーズ「僕の事を確実に害そうと思うのならば、もっと強い毒でも良いはず。それこそ一口で死に至るような毒をね。だけど、毒はほとんど効いていない……。つまり、僕を殺したいわけではないと思う」
ローズマリー「つまりそれって……」
ローズマリーは目を瞬かせる。
ユリシーズ「そう。目的はおそらく、僕を殺したい訳じゃない。ローズマリーとカリスタ、ブラッドを貶めたいんだ」
ユリシーズはローズマリーの手を繋いでいない方の指を三本立てる。
ローズマリー「……ユリシーズ様は私達三人の中に犯人はいるって思っているの?」
ローズマリー(カリスタはずっと私に仕えてくれて気心知れているし、ブラッドだって根気強く教えてくれているわ。どちらも犯人とは思えない……)
ユリシーズ「……残念ながら、状況を考えるとその可能性は高いと思っているよ」
ローズマリーは小さく息を飲んだ。繋いだ手から動揺が伝わったのか、さらに握り込まれる。
ローズマリー「私達の誰かが……犯人……」
呆然と呟いたローズマリーにユリシーズは肩を竦めた。そして、繋いだ手を少し持ち上げて微笑む。
ユリシーズ「まあ、ローズマリーは犯人ではないと思っているよ。身内の贔屓目ってやつだろうけどね」
ローズマリー「当たり前だわ……。ユリシーズ様に毒を盛ろうなんていう発想なんて思い付かないわよ……」
ユリシーズ「そうだね。何故なら僕の後宮から出て何がしたいか聞かれて、一番にお嫁さんが出てくる位だもんね」
ローズマリー「うっ……!い、今はお菓子職人になりたいんだから!!」
狼狽えるローズマリーにユリシーズは、ははっと少年のように軽い笑い声を上げた。
ローズマリー「もう!」
ローズマリーが口を尖らせるとユリシーズは軽く謝る。
ユリシーズ「ごめんごめん」
そして、行儀悪くベッドの上であぐらをかいた。
ユリシーズ「でも僕は嬉しくもあるんだ。ローズマリーが今まで何かを自発的にやりたいなんて、言ったことがなかったから」
ローズマリー「え……?」
ローズマリーは目を丸くする。
ローズマリー(そういえば……、今まで沢山の習い事やお勉強をしてきたけれど、特に自分からやりたいと思ったことがなかったというか……。……いや、あれはやらされていたようなものよね……)
かつて机の上に積まれていた山のような書物を思い出してげんなりしながら、ローズマリーはユリシーズの言う通り、やりたい事がなかったことを思い出す。
ローズマリー(後宮から出て、何かやりたい事なんて思い付きもしなかったのよね……。お菓子作りも最初は目に入ったから、だったのだし。お菓子は元々好きだけれど)
ユリシーズ「だから、僕はこの毒事件のせいでローズマリーがやりたい事を辞めてしまってほしくないんだ」
ローズマリー「ユリシーズ様……」
ローズマリーが少し瞳を潤ませると、ユリシーズはニッコリとやや黒さの滲む笑みを浮かべた。
ユリシーズ「ところで、そんなあんまりやりたい事を言わないローズマリーが、なんでいきなり後宮から出たいなんて言ったの?」
ローズマリー「えっ」
固まったローズマリーに、ユリシーズはさらに追及をかける。
ユリシーズ「僕の後宮を出たいなんて、いきなり言い出したのはどうして?」
ローズマリーの脳裏にケイシーの姿が浮かぶ。

〇シナリオ第3話回想
ケイシー「あ……あの……、今から話すことは……誰にも内緒にして下さい……」
ケイシー「で、出来れば……、ユリシーズさまにも、わたくしがローズマリーさまに、懐妊したという話をしたという事も……」
〇回想終了
ローズマリー(い、言えないわ……。ケイシー様のことは……)
固まったローズマリーにユリシーズが近付く。
ユリシーズ「――もしかして、〝閨の儀〟が嫌になった?」
ローズマリーの目が点になった。
ローズマリー「えっ?」
繋いだ手が引っ張られる。そのままベッドに倒れ込みそうになった体をユリシーズは難なく受け止めた。あぐらをかいた上に横抱きにする。
ユリシーズ「〝閨の儀〟はね、一般的な初夜みたいなものだから、ローズマリーがお嫁さんになるには必要だよ?」
腰に手が回されて引き寄せられる。そして、繋いだ手を解く代わりに手のひらがローズマリーの頬に触れた。触れ合った所からじわじわと熱が出てくる。
ローズマリー「え……っと、そ、その……」
ユリシーズ「ふふ、真っ赤になってる。でも、これまでも僕に触られるのは嫌がってはいないよね?」
ローズマリー「そ、そんなことは……」
ユリシーズはローズマリーと鼻先を触れ合わせる。
ユリシーズ「嫌じゃないかどうかなんて、分かるよ。だって、長い付き合いだから」
吐息を感じるくらい近くにユリシーズを感じる。ユリシーズが目を伏せて、キスされるのだと悟った。
ローズマリー(ユリシーズ様の言っている事は本当だわ……)
ケイシーの姿が、浮かんで朧気になって消える。
ローズマリー(……だって、拒めない)
唇同士が触れ合ったのが、酷くゆっくりに思えた。
ユリシーズ「……女官長に〝閨の儀〟を告げられた後に側室辞めたいなんて言い出したから、〝閨の儀〟が原因かと思っていたけれど」
唇を離したユリシーズは、不思議そうに首を傾げる。
ユリシーズ「違うみたいだね?どうして頑なに辞めたがるんだい?」
ローズマリー「そ、それは……」
ユリシーズ「それは?」
オウム返しのように尋ねてくるユリシーズの腕の中から脱出しようと、ローズマリーはもがく。しかし、ますます抱き込んでくるユリシーズと力比べで勝てはしなかった。
だが、勝敗がつく前に中の声が聞こえたのか、宮廷医師が乗り込んでくる。
宮廷医師「絶対安静なのに何をなさっているのですか?!」
ユリシーズの一瞬の隙をついて、ローズマリーは腕から逃れてベッドから降りる。そして全速力で扉の外へと走った。公爵家の令嬢らしからぬその姿にユリシーズは苦笑いをして、
ユリシーズ「あーあ。逃げられちゃった」
ほんの少しだけ目を細めた。
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