私、愛しの王太子様の側室辞めたいんです!【完(シナリオ)】
第1話 「〝閨の儀〟決定」
〇ユリシーズ王太子後宮、ローズマリー私室(昼)
女官長「ローズマリー様。一月後、ユリシーズ殿下との〝閨の儀〟が正式に決まりました。そのおつもりで閨の儀までお過ごし下さいますよう、お願い申し上げます」
女の花園。後宮。
王族男子の癒しとなる為の女性が揃えられた場所。国中から集められた美女達が、そこで寵愛を競い合う。しかし、煌びやかなドレスを纏い、磨き抜かれた美貌の下で、ドロドロとした醜い戦いを行っていた。
このグレンフェル王国王太子、ユリシーズの後宮もまた例外なく、毎日毎日飽きもせず女達が蹴落とし合いを繰り広げていた。
――それも、国王陛下の後宮よりも。
ローズマリーは目の前に跪く女官長を呆然と見た。
ローズマリー(ね、〝閨の儀〟……)
ローズマリーも聞いたことがある。男女の云々については。
〝閨の儀〟。
このグレンフェル王国では、側室の中で一番先に王子を産んだ者が正妻である王太子妃になる決まりがある。そのため、〝閨の儀〟は後宮に入った側室が必ず行う儀式だった。
ローズマリー(後宮に入った以上、そういう事は避けられないのだと知っていたけれど……、具体的な時間を提示されるとやけに現実味があるわね……)
ローズマリー(だからと言って、いきなり閨の儀を執り行われても困るのだけれど)
ローズマリー「分かりました。報告ありがとう」
ローズマリー(断る選択肢は与えられていない。だって私は――この後宮の一側室だもの)
ローズマリーは微笑みを作って頷く。神経質そうな女官長はローズマリーの反応を見て、恭しく一礼するとそのまま退出して行った。
その一連を大人しく見送ったローズマリーは、女官長の姿が見えなくなるなり、自分のお抱えの侍女を呼ぶ。
ローズマリー「カリスタ!カリスタ!」
カリスタ「はいはい。どうなさったのですか?」
長年仕えてくれている年上の侍女は、ローズマリーに穏やかな声で問い掛ける。ローズマリーはそんな信頼する侍女に縋り付いた。
ローズマリー「一ヶ月後に〝閨の儀〟が行われるのですって……!!どうしましょう?!」
後宮の側室が喜ぶはずの出来事に対して、ローズマリーは何故か悲壮感を漂わせ、侍女はピシリと石像のように固まった。
客観的モノローグ(王太子ユリシーズは文武両道、品行方正。一度戦が起きれば自ら率先して鎮圧し、一度災害が起きれば直ぐに現地に赴き、自ら復興の指揮を取る、非常に国民想いの王太子だ。現に国民からの人気も高い。周囲の者はその勇猛さに冷や冷やさせられることもあるが、それでも彼について行っているのだからカリスマ性も充分にあるのだろう。)
ローズマリー(まあ、私は基本的に後宮にしか居られないから、全部伝え聞いた話だし、どこまで本当の事か……)
それだけではない。何代にも渡って後宮に美女ばかりを集めている為か、王族は大抵目麗しい見た目をしている。ユリシーズも煌めく金髪に、雲一つない青空のような碧眼の中性的な美貌を持っていた。
決してなよなよしている訳では無い。男性らしさのある筋肉を程よく付けているのは、ローズマリーも見ていて分かる。
ローズマリー(きっと後宮の他の側室達は、彼自身が美しいのもあって騒ぎ立てていそうだわ)
彼の魅力が美貌だけではない事は、ローズマリーだって知っている。
知っているからこそ、物憂げにモルガナイト鉱石の色をした瞳を伏せた。
ローズマリー(ここに来たのは10年前――、7歳の頃だったわ)
〇(回想)10年前ユリシーズ後宮(夜)
ローズマリー「ユリシーズお兄様……」
王城の一角。執務室からやや離れた場所にある私的な部屋が多いため、華美な装飾はされていない。落ち着いた空間が広がっていた。
王太子の私室の扉の前で、ローズマリーは枕を抱いて立っていた。目の縁がやや赤い。ローズマリーの後ろにいる侍女はオロオロとしている。きっと、勝手に後宮から抜け出してここまでやって来たのだろう。理由を知っているユリシーズに驚きはなかった。心配そうな顔でローズマリーに問う。
ユリシーズ「眠れなかったの?」
ローズマリーはギュウっと枕を両手で抱き締める。首を小さく縦に振って頷いた。
ローズマリーの小さな手は力がこもって白くなっている。ほんの少しだけ小刻みに震えていた。ユリシーズはそのことに気付き、ローズマリーの手をそっと握る。
ユリシーズ「一緒に寝よう」
ユリシーズの手に引かれ、ローズマリーは大人しく彼のベッドに潜り込む。天蓋付きのキングサイズのベッドは、小さな子供二人には大きすぎる位だった。
グスッと鼻をすすったローズマリー。ユリシーズの隣で小さく丸くなるローズマリーの髪を、ユリシーズは撫でた。
ローズマリーは元々アスクウィス公爵家の一人娘。アスクウィス公爵令嬢だった。
しかし三ヶ月前、アスクウィス公爵夫妻が領地の視察に赴いた際、泊まっていた邸で火事があった。深夜だった事もあり、公爵夫妻も、連れていた使用人達も皆、煙を吸って帰らぬ人となってしまったのである。
跡継ぎの男子がいないので、アスクウィス公爵位は停止状態となり、国王預かりとなった。そして、国王は一人残されたローズマリーのことを心配し、元々仲の良かったユリシーズの将来の王太子妃候補として後宮に入れることにした。国王夫妻とアスクウィス公爵夫妻が家族ぐるみの付き合いをしていたので、ローズマリーにとって、3歳年上のユリシーズは兄のような存在だったのである。
後宮に入る前から両親と身近にいた使用人達を一気に失ってしまったローズマリーは、寂しさからユリシーズにくっついて回っていた。ユリシーズもそんなローズマリーの側に付いていたので、ローズマリーが側室になることに二人共反抗はなかった。
ローズマリー「ユリシーズお兄様はいなくならないで……」
ユリシーズの寝間着を握ったローズマリーの様子に、ユリシーズは眉を寄せて痛そうな表情になる。そして、ローズマリーを抱き締めた。
ユリシーズ「うん。僕はずっと側にいるから……」
(回想終了)
ローズマリー(でも今はそんなに身近な存在ではないのよね……)
当時のユリシーズは既に誕生日を迎えていて11歳。
子供だったユリシーズの為に後宮が開かれた事はなく、ローズマリーがユリシーズの側室第一号だったわけである。勿論異例だった。
それから10年の時が経った。ユリシーズの成人と共に公務が増え、顔を合わせることも少なくなった。そして、徐々に後宮には慣例に従ってユリシーズの為の側室が入るようになった。現在、ローズマリーを含めて側室は7人。
この後宮で一番偉いのは、ユリシーズの正妻である王太子妃。だけどその地位には誰もいない。
17歳にして後宮歴10年の最古参。
ローズマリー(7歳まで住んでいた公爵家よりも、ここで過ごしている時間の方が長い……)
ローズマリー(不自由だから、後宮からあんまり出られないのよね……)
思わず我が身を振り返り、遠い目になっていたローズマリー。そこでようやく〝閨の儀〟という言葉を聞いてフリーズしていた侍女が再稼働した。
カリスタ「ろ、ろ、ろ、ローズマリー様……。本当に、本当に〝閨の儀〟が行われるのですね……。これでローズマリー様も立派なユリシーズ殿下の一側室に……おめでとうございます」
王族の血を絶やさないように後宮は作られているのだから、〝閨の儀〟なんて側室になったら当たり前の儀式。
勿論、ローズマリーもこなさなければならない。
ローズマリーの18歳の成人の日まで、先延ばしにされていたようなものだった。
ローズマリー「ちっとも良くないわ!!」
侍女の祝福の言葉に、ローズマリーは金切り声を上げた。
ローズマリー(〝閨の儀〟なんてこなしてしまえば、後宮から本当に出られなくなってしまう……!)
ローズマリー「だって私は、ユリシーズ様の側室を辞めたいんだもの!!」
ユリシーズ「ごめんね。それは認められないかな」
グッと拳を握ったローズマリーの部屋を、ノックもなしに入ってきたのは、話題の人。ユリシーズその人だった。黒い軍服に身を包み、胸には勲章を幾つか付けている。詰襟と袖には、グレンフェル王国の鷹をイメージした国旗が象られた銀色のボタンが付いていた。
まさか一番聞かれてはいけない人に即バレてしまったローズマリーは頭が真っ白になる。
穏やかな笑み。誰もが認める王子様スマイル。
……その笑顔から圧がなければ。
じりじりと迫ってくるユリシーズに思わず一歩、ローズマリーは後ろに下がった。それでもユリシーズは一歩、ローズマリーに迫ってくる。
そんな事を繰り返していると、ローズマリーはいつの間にかベッドに当たった。
ローズマリー「あ」
完全に背後に油断していたローズマリーはそのまま後ろに倒れる。ふかふかのベッドが受け止めてくれたので、怪我も何もしなかった。ローズマリー自身も焦って息を詰めたけれど、安心して息を吐く。
だけれど、その息をすぐさま止めることになった。
ユリシーズ「……びっくりした。怪我はない?」
いつの間にかローズマリーとの距離を詰めていたユリシーズに、覆いかぶさられていたから。
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