【シナリオ】溺愛社長の2度目の恋
第7話 私は……?
○天倉家(朝)

   自分の部屋のベッドで眠っていた夏音が起き出す。

夏音「朝か……」

   大あくびをして伸びをし、洗面所に向かう夏音。
天倉「おはよう、夏音」
夏音「おはようございます」

   洗面所で夏音が歯磨きをはじめる。

夏音M「一昨日。有史さんは私に――キス、してくれなかった」


(回想)

○リゾートホテルのスイートルーム、ベッド(夜)
   天倉が夏音にいまにもキスしようと覆い被さっている。
   いつまでたっても触れない唇を不審に思い、夏音が目を開く。
   天倉が思い詰めたような顔をしていて、夏音は不安になる。

夏音「有史さん?」
天倉「やっぱりキスは特別だから、フリでも簡単にするもんじゃないよね。この間はごめんね」

   なんでもない顔をして夏音のあたまをぽんぽんし、天倉が離れる。

夏音「……」
天倉「さ、もう寝よう。朝早かったから疲れているだろう?」

   天倉が布団に潜り込み、夏音も戸惑いながら潜り込む。
   すぐに天倉が寝息を立て出す。

(回想終わり)


○再び、天倉家

夏音M「どうしてあのとき、有史さんは私にキスしなかったんだろう。必要だって言ってたのに」

   鏡の中から不安そうに自分が見ているのに気づき、苦笑いする。

夏音M「ううん、気にしない。きっと有史さんにはなにか、考えがあってのことなんだろうから」
天倉「夏音ー、もうごはんできるよー」
夏音「はーい」

   急いで洗面所を出てダイニングへ向かう。


○SEオフィス

   自分の机で仕事をしている夏音。
   せわしなく、マウスを駆使して図面を引いていく。

夏音「森……教会……天使と再会……」

   傍らには先日、カドの建設地で撮った写真、フランスのインテリア雑誌や風景雑誌が散らばっている。

夏音「パステルまでいかないけど……落ち着いた感じで……」
天倉「夏音」
夏音「アンティークのレースカーテンとか……」
天倉「夏音」

   天倉が後ろに立って声をかけるが、夏音は全く気づかない。

夏音「でもあんまり少女っぽいと、男性受けがよくないし……」
天倉「夏音ってば!」
夏音「うわっ」

   突然、目の前に天倉の顔が現れて驚く夏音。

夏音「な、なんでしょうか……?」
天倉「お昼、行かない?」

   と、指さした先の時計は12時を過ぎている。

夏音「あ、でもまだ……」

   と、パソコンへ視線を向ける。

天倉「締め切り迫ってるわけじゃないんだし、食事できるときはちゃんとする! それに締め切りのせいで夏音が食事もする暇がないっていうなら、締め切りを延ばさせるし」
夏音「……はい?」

   と、首が傾く。

天倉「うちは社員に無理な仕事をさせないのをモットーにしてるの。いくらクライアントの要求でも、無茶なものは断る。知らなかった?」

   と、にっこり笑う。

夏音「知ってましたけど……」
天倉「じゃ、食事に行こう。近くのカフェがね、日替わりで絶品のサンドイッチを食べさせてくれるんだ。一緒についてくるポタージュも最高でさー」
夏音「待ってくださいよ」

   夏音、パソコンをスリープ状態にし、歩きはじめた天倉を追いかける。


○カフェ

   無垢材の床に白壁、アイアンと木材の家具を中心に置いたアンティークな店内。

夏音「ここって……」
天倉「ん?」

   天倉、夏音にかまわずメニューを開く。

天倉「今日のサンドイッチはエビとアボカドだって。これでいい?」
夏音「はい」
天倉「すみません」

   店員を呼び、注文をする天倉を夏音、見つめている。

夏音M「もしかしてわざわざここに連れてきてくれたのかな。だってここ……」

   夏音、店内を見渡す。

夏音M「カドさんの参考になる」
天倉「夏音は真面目なのがいいところだけどさ。あんまり根を詰めすぎるもんじゃないよ。昨日もあんまり、寝てないんでしょ」
夏音「あ……」
天倉「夜、遅くまで電気ついてた。心配になっちゃうよ」
夏音「……はい。すみません」

   と、申し訳なさそうに肩を丸める。

天倉「別に怒ってるわけじゃないから、そんなに落ち込まないの」
   と、にっこりと笑う。
   フィセルにエビとアボカドを挟んだサンドイッチ、枝豆のポタージュとコーヒーが運ばれてくる。

夏音「美味しそうですね」
天倉「僕はこの店のサンドイッチが一番好きなんだ」

   天倉が一瞬、ジャケットのポケットの中を気にする。
   が、すぐになんでもなかったかのように顔を上げる。

天倉「さ、食べよう」
夏音「いただきます」

   ふたり、サンドイッチを頬張る。

夏音「美味しい!」

   にこにこと笑って食べる夏音を、天倉が黙って見ている。


○SEオフィス

夏音「一度、檜垣さんにも確認を入れて……」

   話をしながら夏音と天倉がランチから帰ってくる。

千寿子「有史さん!」

   待ちきれないように千寿子が社長室から出てくる。
   その後を末石が追ってくる。

天倉「母さん、なんの用ですか」

   と、一気に不機嫌になる。

夏音M「母さん、ってことは有史さんのお母さん? なんで……って結婚がバレたからか」
千寿子「ずっと待っていた母親になんですか!」

   千寿子のきんきん声が社内に響き、注目が集まる。

天倉「はいはい、話はあちらで聞きますから」

   天倉はため息をつき、千寿子を社長室へ連れていく。
   不安そうに見ている夏音に天倉が小さく頷く。
   仕事を再開したものの、何度も社長室を気にしてしまう夏音。
   末石もガラス越しに中を気にしている。
   ガラスの向こうで話しているのはわかるが、内容までは聞こえない。
   しばらくして天倉が立ちがり、ドアを開ける。

天倉「夏音」
夏音「はいっ」

   天倉に呼ばれ夏音、急いで駆け寄る。
   末石、引き続き社長室の中を見ている。
   天倉に勧められ夏音、隣に腰掛ける。

千寿子「貴方のこと、調べさせていただきましたけど」

   バサッと、千寿子がテーブルの上へ書類を投げ捨てる。

千寿子「天倉家の嫁には全くふさわしくありません。いますぐ、別れていただけないかしら?」
夏音「……はい?」
天倉「だから母さん、わざわざ会社に押しかけてきてこんな話をしないでください」
千寿子「だって有史さん、何度電話しても出てくださらないし。こうでもしないと私の話、聞いてくださらないでしょう?」
天倉「はぁーっ」

   と、かなり疲れた様子。

千寿子「とにかく。貴方は天倉家にふさわしくないのだから、いますぐ別れてください」

   千寿子がテーブルの上に離婚届を広げ、夏音がぎょっとする。

千寿子「だいたい、深里さんと結婚したのが間違いだったんですよ。天倉家とは釣り合わない方だったけど有史さんがどうしてもというから承知したものの。子供も残さずに亡くなるなんて」

   ちらりと天倉の視線が末石へ向く。

天倉「か……」

   天倉が口を開くより早く、夏音が立ち上がる。

夏音「いったい、なにを言っているんですか!? 家にふさわしいとかふさわしくないとかそんなの問題じゃない! 深里さんだって自分がこんなに早く亡くなるなんて思ってもなかったに違いないじゃないですか! 有史さんをひとりにしてしまって、一番後悔しているのは深里さんに決まってます! なのに、こんなに悪く言うなんて……」

   夏音、悔しさで涙を浮かべる。

天倉「夏音、ありがとう」

   天倉に促され夏音、座る。

千寿子「な、なんなの、貴方!?」

   怒りを露わに叫んだ千寿子を天倉が睨む。

天倉「夏音の言うとおりです。僕は深里を悪く言う母さんを許しません。お引き取りを」

   と、強引に千寿子を立たせ部屋の外へ押し出す。

千寿子「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
天倉「待ちません。末石、母さんにお引き取りいただいて」

   末石、短く頷いて抵抗する千寿子をオフィスの中から追い出す。
   千寿子がいなくなり、オフィス内が静まりかえる。

天倉「騒がせてすまなかったね。仕事を再開して」

   天倉があやまり、いつも通りに戻る。
   天倉、社長室へ戻る。

天倉「夏音、ありがとう」

   まだつらそうに座っていた夏音を天倉が抱きしめる。

天倉「夏音は僕が思っていたとおり……ううん、それ以上の女性だね」

   天倉が夏音の顔をのぞき込む。
   夏音、ようやく少し笑う。

末石「どうせまた、深里の悪口を言いに来たんだろ? あとは古海と別れろか」

   末石が入ってきて、慌てて夏音が天倉から離れる。

天倉「正解。それで末石は夏音に感謝した方がいいよ」
末石「感謝?」
天倉「夏音が深里を庇ってくれたからね」
末石「それは……ありがとう」
夏音「いえ……」
天倉「いい加減母さんも、四十を超えた息子に干渉するのはやめてくれたらいいんだけどな……」
夏音・天倉・末石「はぁーっ」


○天倉家夏音の自室(夜)

   ペンギンのぬいぐるみを抱きしめてごろごろしている夏音。

*****
フラッシュ
千寿子「いますぐ、別れてください」
****

夏音「私みたいな人間と偽装結婚なんて、さらにやっかいごとが増えただけなんじゃないのかな……」

   と、じっとペンギンを見つめる。

夏音「有史さんはなんで、私と偽装結婚したんだろう……」

   ぐるぐる考えていたものの答えは見つからず、夏音が勢いよく起き上がる。

夏音「あー、もう! 難しいことは考えない、寝よ、寝よ!」

   勢いよく夏音、布団をかぶり寝る。

夏音M「でも、私は……」
< 7 / 20 >

この作品をシェア

pagetop