北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅰ
-帰心-
 心なしか、隣にいる凛乃の鼻息が荒い。
 「スーツ買おうと思うんだけど」と相談を持ちかけたときの喜びようからしたら、当然だろう。夕飯の買い出しのついでに、いっしょに行かないかなと思っただけなのに、ものすごい熱意で2、3質問されたと思ったら、あっという間に電車に乗せられて大型ショッピングモールに連れてこられた。
 スーツ屋の店員はたぶん、累のほうが“お供”だと理解している。「どんなものをお探しですか?」の問いに、凛乃がかぶせる勢いで「ウォッシャブルのスリーピースを」と即答してから、凛乃にしか話しかけない。
「普通でいいんだけど」
 ムダだとは思いながら、横槍を入れてみる。
「累さんのスーツ頻度を考えると、1着で通年使用できる素材で、洗えてなおかつ、ベストがあると便利なんですよ! 体感温度の調節ができるし、実際冬も暖かいし」
 流れるような反論で返ってきた。そのあと拳を握りしめて「それにぜったい似合うし!」小声で言いながら、店員のうしろをついていく。
 累はもうすべて、張り切る凛乃に任せることにした。
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