北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅰ
-憧憬-
 と。と。と……。
 累がゆっくり階段を下りてくる。裸足だから音はない。でも木造家屋特有の木のきしみや、ドアの古い蝶番がこすれる音に、凛乃は気づくようになった。
 コンロの火を止めると、時計を見上げる。タイミングぴったり。食事の時間を朝も夜も7時と決めたら、累はアラームをかけてくれるようになった。寝ていても仕事中でも、それを中断して下りてきてくれる。
 結局、土日も含め、朝夕かならず2人分の食事の支度をしている。眠かったり忙しくて累が食べに来なければ凛乃の昼食になるという前提ながら、一度もそうなったことはない。
 リビングに入ってきた累の気配を感じて、凛乃はふりむく。
「おはようございます」
「おはよう」
 今朝も安定の素っ頓狂寝癖が側頭部についている。どうも寝癖がつきやすい髪質らしく、横になるたびに新作ができるようだ。
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