とろけるような口づけは、今宵も私の濡れた髪に落として。
序。
「俺と結婚してください」

再会してすぐに彼が私にそういった。

濡れた髪を振りながら、雨宿りのついでみたいに言うから、なんでそんなに簡単に言ってくるのだろうと首を傾げた。

「馬鹿なんでしょうか。仕事の邪魔なので帰っていただきますか?」

会って数秒の、馬鹿馬鹿しいプロポーズ。

私は入り口を指さしながら帰れと促す。

怒っていいのか呆れていいのか、怖がっていいのか分からない。

昔好きだった人を見ても、もう感情はなにも湧かないんだなって不思議なだけ。

「あの、予約の方がくるので、本当に邪魔なんですけど」

「……ちょっと考えさせて」

 待合室に座って足を組み、目を閉じた彼。

考えると言いながら、実は眠っていたことに気づくのは予約のお客が帰った後だった。

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