Before dawn〜夜明け前〜
明けない夜
ーー今回は、だいぶ痛むな。
いぶきは授業を受けながら痛みに耐えていた。
ここまで酷く打たれたのは久しぶりだ。どうも、あの鞭も、以前より強力になったような気がする。
家畜のような扱いには、もう慣れていた。
拓人もきっとこの傷を見て幻滅しただろう。
気まぐれとはいえ自分の抱いた女が、どんな立場に置かれているか、よく分かったはずだ。
痛みに耐えながらぼんやりとしているうちに、授業は終わり、お昼休みになっていた。
学食に行くお金はないのでいつもお弁当を作っていたが、さすがに今日は作れなかった。
「青山さん?もしかして、弁当ない?指、怪我してるもんな。作れなかったでしょ。
俺のおにぎり、一つあげるよ!
なんか顔色も悪いよ、大丈夫?」
隣の黒川が心配そうに、声をかけてくる。
「大丈夫。
今は食欲ないから…
おにぎりも、黒川くんが食べて。ありがとう」
昨日のイジメ事件から、今まで以上に他の生徒から距離を置かれていた。
そばに居てくれるのは黒川だけだ。
「今日はヒロのヤツ、サボりだよ。
昨日、だいぶ遅くまで遊んでたみたいだし。
アイツ、糸の切れた凧みたいにフラフラして危なっかしいよ。
せっかく恵まれた環境にいるのに、勿体ない」
「…本当に、そうね」
黒川はいつもと何ら変わらない様子でいぶきに接してくれる。嬉しいけれど、痛みに耐えている今は放っておいて欲しかった。
「青山さんと丹下、いるか?」
そこへ、一条が教室にやって来た。
昨日のこともあり、教室内は一気に緊張が走る。
「ヒロは、休みです」
答えたのは、黒川だ。
「しょうがないな、じゃ、黒川。
昨日のファイルが汚れていて使い物にならなくてね。あとはこのクラスの分だけなんだ。
昼休みのうちに仕上げてしまいたいから、悪いが生徒会室に来て手伝ってくれないか」
いぶきは、拓人の言葉に驚きを隠せない。
少しでも動けば背中が痛むのに。
この傷を見たのに。
生徒会室に呼び出すなんて。
やっぱり、拓人にとって自分は取るに足りない存在なんだと思ってしまう。
「わかりました」
仕方なく立ち上がったが、歩くだけで背中に響く。
「青山さん、やっぱ具合悪いんだろ?
生徒会室じゃなくて、保健室に行こうか?」
みるみる顔色が悪くなるいぶきに、黒川が声をかける。
「大丈夫だ、黒川。ゆっくり来い」
拓人は腕時計に目をやると、一足先に行ってしまった。
「拓人、忙しそうだな」
「たぶん、私のせいね。昨日も病院まで連れて行ってくれたり、余計な時間取らせたから…」
痛みに耐えて、いぶきはなるべく急いで生徒会室に向かった。