蜜愛婚~極上御曹司とのお見合い事情~

好き、の一言が遠すぎて

  六月に入り、毎週末の披露宴ラッシュを凌ぎながら、平日には他の業務をこなす日が続いた。

 でも最も私の気力を削いだのは、綾瀬花音のイベントの準備だった。
 蓮司さんが絡む仕事であること。ブーケ・ダンジュから意図のわからない指名を受けた仕事であること。かなり大々的にPRし注目を集めているイベントだということ。そういう多方からの嫌なプレッシャーがあるうえ、少しでもつけ入る隙を与えると綾瀬花音の目が意地悪く光ることもあり、私は実際の労働量以上に身体も心も疲弊していた。綾瀬花音との打ち合わせの数日前から胃が痛くなるのだから重症だ。


「最近、水ばかり飲んでるけど大丈夫か?」


 夕食後、私がソファーで伸びていると、蓮司さんがテーブルにマグを置いた。白い泡が縁まで盛り上がっているスチームミルクたっぷりのコーヒーだった。


「デカフェだ」


 蓮司さんが隣にどっかり腰を下ろし、その振動で私も揺れる。ああ一緒にいるんだなぁというこのなんでもない日常がうれしく、同時に切なくもなる。だってもし蓮司さんが私と同棲を始めた理由が会社から私を追い出すためなら、私の退職によってそれが達成されてしまうから。

 退職することを告げたら、この同棲も解消されてしまうの……?
 だから私は、彼に父が倒れたことも退職を決めたことも言えなかった。

 ずっと側にいるためには、あと一カ月足らずで蓮司さんに好きになってもらうこと。相思相愛とは、人と人が同じ強さで、相手をただひとりの存在として求め合うこと。そんなことは私にとって限りなく不可能に近い奇跡だ。


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