Summer Day

5月の陽射し

「奈津~!次選択、行こ行こ~。」
まなみが教室の後ろの戸のところで叫んでる。
「は~い!待って、行く行く!」
奈津は化学の教科書を筆箱とバインダーの間に挟むと小走りでまなみに駆け寄った。ふっと一番後ろの席に座っているタムラ君に目がいく。彼も机の上に化学の教科書を出している。
「もしかして、選択、化学?」
奈津は、ぼんやり宙を見ているタムラ君に声をかけた。
「ん?」
ふっと我に返ったかのように、タムラ君は奈津に顔を向けた。本当に白い。
「え、タムラ君、化学なの?じゃあ、一緒に行こ行こ!」
まなみが勢いよく誘った。それにつられ、タムラ君は立ち上がり、私たちと2メートルほど距離を置いて佇んだ。
「じゃあ、ついてきて!北校舎だから」
そう声をかけると、まなみは、もうタムラ君なんかいないかのように、奈津の腕を引っ張り、待ってました奈津!!と言わんばかりのいつものマシンガントークを始めた。
「ねえ、今度から男子の体育でダンス始まるでしょ!今年もどっかのクラスK-POP踊るかな~。去年は先輩たちがBTS踊ったじゃん!!ぶちかっこよかった~。サッカー部の重村先輩もメンバーだったでしょ。いや~あのときばかりは見直した!先輩、サッカーしかできないと思ってたけど、意外に踊れてたよね。ってか、普通に上手だったね~。あ~今年もどっかやってくれないかな~」
うちの高校では3年生の5月から6月にかけて、男子の体育はダンスをすることになっていて、1クラス2チームに分かれて、それぞれ自分たちの好きなダンスを練習する。まったくの創作ダンスでもいいし、既存のダンスをコピーしてもいいことになっている。そして、全チームのダンス発表会が6月末に催されるのだ。8クラスあるので総勢16チームがダンスを披露する。なんてったって、3年男子の晴れ舞台。これは全校生徒のお楽しみになっている。
「そうだね~。かっこよかったね~。わたしあの時初めてあの曲知った!」
「BTSの『DNA』!あんなに人気なのに~!もう!!奈津ってほんとに、K-POP、全然興味ないよね。一回ちゃんと見てって。歌も聴いてって。絶対かっこいいから!」
はい、はい、とうなづきながら、タムラ君がちゃんとついてきているか気になって、後ろをちらっと振り返る。タムラ君は、窓の外に視線を向けたまま歩いている。わたしたちとの距離をちゃんと2メートルほどに保って。
「あ~踊ってもらいたい!BEST FRIENDSの曲!!」
まなみが大げさに天を仰ぐ。
「それって、まなみが今イチオシのグループだっけ?」
「そうなんよ~!!見て!このかっこよさ!」
言うなり、まなみは化学の教科書の下に隠れていたクリアファイルを取り出した。
「じゃじゃ~ん!」
そう言って、歩いている奈津の目の前に差し出す。
「わ!危ないし、近いって。」
「ごめん、ごめん。でも、ほら、7人ともかっこいいでしょ~。」
クリアファイルを奈津の顔から少し離すと、まなみは目をハートにしながら奈津の反応を待っている。まなみのやつ、これを見せたかったんだな。
「本当!みんなぶち綺麗でかっこいい~!!」
奈津はちょっと盛った声で答えてみる。
「うっそ、全然気持ちこもってない。ちゃんと見て、特にこのヨンミンの美しさ!!」
まなみはそう言うと、クリアファイルの7人のまん中、一番大きく枠をとっている男の子を指さした。確かに、目がぱっちりとして鼻筋の通ったイケメンだ。でもなあ・・・
「前から言ってるけど、どの子もアイメイクとかしてて、ヨンミンとか言われても、私、区別がつかないんだって。全員イケメンに見えるし、全員おんなじに見える!」
まなみは信じられない・・というあきれ顔をして奈津を見つめた。
「はあ~。うちの母さんと同じこと言ってる~!」
まなみは大きなため息をついて、大げさに肩を落とした。そんなまなみを見て奈津はクスクスっと笑った。その時、ん・・・そういえば・・・。奈津は、ふと、後ろが気になった。タムラ君のこと忘れてた!振り返ると、2メートル後ろにいたはずのタムラ君がいない!
「え、タムラ君!!」
休憩時間で生徒たちが溢れている廊下を、目をキョロキョロさせて探してみると、いたいた!いつの間にあんな後ろに。
「ちゃんとついてきて!!迷子になるよ~!」
まなみがちょっとイラッとした調子でおいでおいでをしながら声をかける。せっかく大好きなBEST FRIENDSの話をしてたのに、話を止めさせるようなことはしないで!とばかりに。
生徒たちをかき分け、追いついたタムラ君は、
「ごめん。」
と一言、うつむき加減で謝った。
「人いっぱいだもんね。いいよ。行こ!」
奈津はタムラ君の腕をポンっとたたき、再び歩き出した。まなみはまだまだ話し足りないらしく、さっきの話の続きを話し始めた。
「BEST FRIENDSさあ、韓国ですっごい人気なんよ!ダンスも歌もラップもやばいくらいじょうずで!ほんと、かっこいいの。もうすぐ日本デビューも近いかも!って言われてたくらい!でもさあ、それがこの間・・」
まなみがそこまで言ったとき、腕時計の針が4分を指しているのに気がつき、慌てて奈津は声をあげた。
「あと1分で始まる!ちょっと小走りで行こう!まなみ、その話、また後で聞かせて!タムラ君も急いで。」
そう言いながら振り返りタムラ君を見ると、彼は窓の方に顔を向けていた。5月の陽射しがつくる影のせいだろうか。一瞬、下唇をかんでいるような表情に見えた。・・・が、こちらを向きなおした彼の顔はクシャッとした糸目の笑顔だった。さっきのあの表情は・・・?ううん、きっと、5月の陽射しが見せた錯覚に違いない・・・。
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