「なにを? 濡れ衣だ」

 男の顔を見て女性は涙目で睨みつけた。

「この人がわたしのお尻を触りました」

 震える声だったけれど、はっきりと言った。日菜子と女性に掴まれた手を剥がそう
と男が暴れだす。

 周りにいた人も何人か目撃をしていたようで、次の駅で数人で引きずり下ろす。す
ぐに駅員がかけつけてきた。

 そのとき、観念していたと思っていた男が急に手を振り切って逃げ出そうとした。

 しかし日菜子がそれを阻止するように立ちはだかると、男はそのまま殴りかかってき
た。 

「……っ!」

 とっさのことだった。日菜子は相手のスーツの襟元を掴むと一歩懐に踏み込んだ。

 次の瞬間、男の体が中に舞う。ドンッという音のあと、日菜子の華麗な一本背負いが
決まり、駅のホームに男が目を見開き倒れていた。

 駅員数人が男性を抑え込むのを見て、日菜子は男の襟元から手を離す。

(ああ、やってしまった……)

 緊急事態だからといって、まさか人前でこんな大立ち回りをするなんて。考えるよ
り先に体が動いてしまった。身に染み付いた能力が恨めしい。

 後悔をにじませている日菜子の手を、被害にあった女性が握りしめる。

「ありがとうございます!」

「あ、いえ。大丈夫ですか?」

 やりとりをしているふたりの元に、駅員がやってきて事情を聞きたいことのこと。

 日菜子も目撃者として話を聞かれることになった。

 腕時計を確認すると、どう頑張っても始業時刻には間に合いそうにない。会社に連
絡を入れて女性と駅長室に向かった。