けれど日菜子には彼に言い出せないことがあった。今週金曜は日菜子の誕生日。しかしつきあい始めたばかりで、しかも忙しそうにしている拓海にその事実を告げることができていない。

 日菜子としては、彼氏のいる初めての誕生日だ。せっかくだからふたりで過ごしたいという気持ちがある。しかし催促するようなこともできずに、まだ伝えられていないのだ。

 チョコレートの箱に貼ってある、黄色い付箋を指でなぞる。

 十分大切にされている。だからわがままをいうべきじゃない。少し寂しいとは思うけれど、それが正しいのだと自分に言い聞かせていると、隣の席に座る花がさぐるように話しかけてきた。

「それって、南沢さんからですかぁ?」

「え、あ、うん。出張の前に置いていってくれたみたい。斉藤さんもひとつ食べる?」

 照れながら差し出すと花はブンブンと手をふる。

「そんな愛情の塊のようなチョコ横取りできません。松風さんがひとりで食べてください!」

「ちょっと、そんな深い意味はないから。たぶん」

 慌てて否定する日菜子を見て、花はクスクスと笑っている。

「愛されてますね。いいなぁ」

 花は独り言のようにつぶやくと、自分の仕事に戻っていた。

 花の言うとおり、拓海は日菜子を大切にしてくれている。だからそれでいい。誕生日はたしかに特別な日だが、また来年もあるのだ。

 日菜子はそう結論づけて、拓海が置いていってくれたチョコレートをひとつ口の中に放り込んだ。舌の上で甘いミルクチョコレートがとろけた。