明治禁断身ごもり婚~駆け落ち懐妊秘夜~
覚悟の逃避行
その後は息をひそめるように生活を続け、あっという間に二カ月が経った。

春の温かな風が心地いい季節となったのに、それとは裏腹に私は悄然として話をするのすら億劫だった。


「八重さま、もう少しお食べにならないと」


食欲のない私をてるが盛んに心配するが、清水の家に嫁ぐことより信吾さんの妹さんを父が見捨てたという事実に打ちのめされて、箸が進まない。

しかも、最近は胃のあたりがむかむかして、食べたくない。


「ありがとう、てる。大丈夫よ」


てると会話をしていると、「八重」と父の声がする。
父の顔など見たくもない。

この家を出ることを許されない私には、黒木家に謝罪することもできず、苦しい毎日を送っていた。


「なんでしょうか」


部屋にずかずかと入ってきた父に、視線を合わせず答える。
てるは私のうしろに移動して、頭を下げていた。


「見事な婚礼衣装が整ったぞ」


父が廊下に視線を送ると、三人の女中が私のためにあつらえた黒留袖をもって現れた。
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