今夜、桜の木の下
はじまり
私は怒りに任せてエレベーターの前まで
車椅子を、ただママから離れたくて必死に漕いだ
看護師さんに声をかけられても
全部無視してひたすら漕いだ


エレベーターのボタンを何回も何回も押して
もう上に登ってくるランプがついてるのに
涙よ止まれと念じながら
ボタンを何度も押し続けた


もうあたりは暗くなっていてもうすぐ時間は7時になる、誰も乗ってないエレベーターは、嫌でも私に考える時間を与える




言い過ぎた



この結論に達してしまった
気づいたら罪悪感しか感じなくなってしまうのに
もう遅い。
より一層涙が止まらなくなった











ぼーっと動き続けて
気づいたら私は1階にいた
ここまで来ても、ママは私を追ってこなかった





あぁ、なんか終わったな





もうどうでもいいや、
今まで必死に守ったものが崩れ落ちるとこんな感じなんだね



私はただ車椅子で薄暗くて長い廊下をゆっくり漕ぐ



もう閉院間際の病院は人気が無い





はぁ……どうしよ




いいやもう
なんか喉から下が自分じゃないみたい
消えたい、無くなりたいみたいな……





「……っ……ふっ………」





1人で暗くて長い道にいると涙が止まらない
はまるで私の心の中は一人ぼっちでいるみたいな感覚になる


私は結局何がしたかったんだろう
今までやってきたことはママにとって
本当に良かったことなんだろうか
結局は私の自己満だったのかな
私が気持ちをぶつければ
理想の言葉を貰えるなんてそんなの私に分かるわけがないのに
ただ自分を責めることしか頭に浮かばない



どうしたらいいか分からないし


頭の中は混乱するだけだった




















「ねえ」




廊下に響く誰かの声



「………」





これは私に言ってるんだろうか
いや、きっと違うよね?…







「ねえ」





その声は近くなる






「……へ?」






びっくりして顔を上げると、
私に目線を合わせてしゃがむ男の人がいる






「ひっ!」




その距離があんまり近いもんだから
息が止まりそうになって変な声が出た
入院着じゃないから、通院患者かな?
髪は多分地毛じゃないと思うけど、金髪で
少し髪が長くて後ろで縛ってる
でも顔が怖いとかヤンキーとかそんなこと無くて
…なんか…






「……犬?」


ふわふわしてて
昔飼ってた犬にそっくり



「犬?」


「ご、ごめんなさい」


まずい声に出てた
うわぁーどうしよう


気まずくて顔を見れなくてちらっと目だけ動かすと


彼は私の顔を覗き込んでいてバッチリ目が合った
近くで見るとよくわかる顔の綺麗さ
かっこいいって言うか、なんかすごく綺麗な顔。



「……あっ…あの…」




あまりに突然の出来事で私は全然言葉が出てこない、頭の処理が追いつかない





すると柔らかく微笑んで彼はこう言った








「桜、見に行かない?」








「………はい?」


え?何言ってるの?この人


「見に行く?」



「いや…え?」


「行く?」


この人は馬鹿なんだろうか
私を慰めてるんだろうか
この会話だけで涙はすっかり止まっていた
なんだこれカオス過ぎる
みるみる笑いが込上げる







「…ぷっ...あははは!!」




「ん?」



全然意味分かんない
泣いてる人に急に何?マイペースなの?
なのに涙は止まって
今度は笑いが止まらなかった


全然意味分かんないけど
別の世界にいる気分になって
今さっき考えてたことが必要ないみたいな
薄暗かった廊下が少し明るくなったような
頭の重い何かがすっ飛んで行った気がした



「行きます!」


笑いながら答える私を
見て、彼もクシャッと笑って


「なんかよく分かんないけどよし!」


しゃがんだまま目線を合わせて答えた



涙が引っ込んだのはいいけど…






…誰だこの人





「よし、じゃあ俺が押すね」


「え?」


彼は当たり前のように私の車椅子を押して進み出した
処理が追いつかない私は、会ったことあるっけ?
ってずっと考えて、変な人です!誰か助けて!
ってならなかった



彼は歩いている間私に何も言わないものだから、
私が考える時間が沢山あった
でも1回それって決めるとなかなか方向は変えられなくて
この人誰だっけ……?って永遠ループを続けた







まあいっか!














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