異世界にトリップしたら、黒獣王の専属菓子職人になりました
彼が『おい。メグにもお茶だ』と自分の後ろへ向かって言えば、やはり音もなく侍従が来て彼女にお茶を淹れてくれた。

そしてまた、すすす……と消えてしまう――というか、消えたと錯覚しそうなほど静かにその場から退出した。

どうやら、王の世話をする彼らだけの出入り口があるようだ。

メグミはカップを手にしてありがたくお茶を頂戴した。

この世界には、紅茶に似た茶葉もあるし、ほうじ茶のようなお茶も飲まれていた。しかし、緑茶はない。

テツジが抹茶のためにずいぶん探したが見つからず、さすがに茶葉は栽培できないので諦めるほかはなかった。ただ、どのお茶でもきちんと淹れればおいしく飲める。

ほぅ……と一息吐いたメグミは、いまの状況にいきなり思い至り、慌ててコンラートに謝る。

「申し訳ありません。こんな、気安く座ってお茶までいただいてしまって……!」

 礼儀作法はどうしたんだと、自分に突込む。国王陛下の前ではくれぐれも安易な態度を取らないようにと、あれほど言われていたというのに。

メグミは恐縮するがコンラートは軽く流した。

「俺の前ではテツシバのメグでいてくれ。メグには、黒獣王という二つ名の先入観がない。気張る必要がなくて、俺もその方が楽なんだ」

 そうはいっても、人がいるところではやはり注意が必要だろう。忘れてはならない部分だ。

「訊きたいことがあるんだろう? なんだ」

「あの。作った菓子を国王陛下に食べてもらうのが最終選考だと言われていました。いかがでしたか?」

「言った通りだ。うまかったぞ。合格だ。メグはこれで王城の新しい菓子職人だな。しかも国王専属だ」

「……私がテツシバのメグミだから、選んでくださったのでしょうか。初めからそのおつもりでしたか? 贔屓で決めたとか……ないですよね。えと。ありませんですか? あれ?」

先週の選考のとき、彼女の横に座っていたもう一人の候補者のことが頭を過ぎる。もしも最初から誰にするかを決めていたら、この試験がいかに無駄で、いかに候補者たちを傷つけたか、考ると胸が痛む。

『コランだと思え』と、本人から言われたので勢いがついて口に出してしまったが、目の前に座る彼の煌びやかさが国王相手だと彼女に気付かせて語尾が迷った。

コンラートは、メグミを真剣な面持ちで見つめる。
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