Sync.〜会社の同期に愛されすぎています〜

瀬戸口泰生



「一目惚れ」とい言葉が現実のものであることが証明された瞬間を俺は今でも覚えている。


高校時代、毎日バスで通学をしていた俺は、二つ停留所をすぎるとバスに乗ってくる女子高生をいつも目で追っていた。
彼女は、光に当たると明るく見える茶髪を綺麗に巻いて、パッチリとした目に長いまつげと小さく通った鼻筋にパンツが見えそうなほど短いスカートから細い足が見えていた。
何度か隣に座ることもあったが、ちらっと見えたスマホの再生画面には英語のリスニングの音源が再生され、タブレットに入れた参考書を見ながら勉強をしていた。
しかし、それは二つの停留所の間のことで、三つ目の停留所に入ると急いでタブレットをしまい、イヤフォンをカバンに入れてリップを塗りなおす。彼女よりもさらに髪色もメイクも派手な女の子に笑顔で手を振りるのだが、その笑顔がたまらなく可愛い。
その朝の一瞬だけ彼女の姿を見るだけで幸せだった。
それだけで幸せだった。

そして、二人の会話に耳を傾ける。
特に恋の話についてはしっかりと。

話しかけるなんて恐れ多い。
壊れないように壊れないように大切に。
これをストーカーと言われてしまえばそれまでだが俺はどうする子もできなかった。

それから、しばらくして同じ年ということ名前を知る。
どうやら彼女は男が苦手なようで一切恋愛の話がないことに安心していた。
そして、友達は大きな声で彼女の名前を呼ぶからしっかり覚えてしまった。
「今泉翠」俺は密かに翠と心の中で呼び捨てしていた。

高校を卒業してしばらく見かけなくなり半分諦めていたが偶然にもバイト先のカフェに翠が現れた。

「クソ」がつくほど真面目そうな男とともに。

聞き耳を立てていればつまらない話に、可愛くうなづき、時折笑う翠の姿を見て苛立った。
俺ならもっと、楽しい話をしてもっと喜ばせてあげることができるのに。

でも、翠はとても幸せそうだった。

それから会うことはなかったけれど就活の合同説明会で翠の姿を見かけた。

高校の制服からリクルートスーツを身にまとい、茶色く染めていた髪を黒くしてより一層白い肌が美しく見えた。
強引にも隣座った俺は、翠に勇気を出して話しかけることにする。

「同じバスだったよね」
「◯高だったよね」
「あの日のカフェの店員です」
どれもストーカーみたいな発言だ。頭の中で何度も添削する。どんな言葉から話しかければ翠は俺に興味を持ってくれる?

でも、翠は隣に目を向けることなく一生懸命にハウスメーカーの会社の話を聞いていた。
時折翠の髪から香る甘いシャンプーの香りに、彼女がシャワーを浴びるシーンまで妄想してしまう俺は変態だろうか。いや、健全な男子だ。
その後も、翠が行くところについて行ってみたが一番初めの会社ほど聞き入る様子はなかった。

それからしばらく跡をこっそり追いかけると、近くのチェーン店のカフェに入った。
先程、説明を受けたであろうリクルートスーツの就活生たちが店内に何人かいた。
あれほど沢山の話を聞けば、頭が痛くなる糖分だったり、コーヒーで気分を切り替えたい気分は俺も同じだった。

翠はすでに店で注文を終えて、窓際のカウンターの様な横並びの1番端っこの席にいた。
ところどころ空いているが、俺はあえて翠の隣に座ってみることにする。

「隣いいですか?」
俺の一言目だった。

「どうぞ」
翠は、俺の方を一切見ることなくそう言って机の上に広げていた手帳をさっと端に寄せた。
手帳には綺麗な字が並んでいてた。

あぁまた好きになってしまう。

「就活生?俺も…」
そんな言葉から話しかけるのが無難だろう。

「はい」
よそよそしく答える翠は面倒だけれど返事をしないのは申し訳ないなと言った感じだった。
俺はこんなに翠のことを知っているけれど翠は俺のことを一切知らない。
聞きたいことがたくさんありすぎて、話したいことがたくさんあってどうすればいいのだろう。
これでも容姿には恵まれている方で、女の子には困ってこなかったし、黙っていれば話しかけてもらえたけれど、自分から声をかけたことってなかったな。

「俺、どこかで会ったことがあると思う」

その言葉に対して、確認する様に翠は俺の顔を見た。初めて俺の顔を見てくれた。
白い肌に潤んで心配そうな目が俺を見つめる。
覚えていてくれたら嬉しい。
毎朝会うバスの中で俺の存在をしてくれていたら嬉しい。
お願いだから思い出して。


「ごめんなさい。分からないです。」

彼女は申し訳なさそうに答える。
嘘をついているようには見えないので、自分が今まで一切認識をされていなかったことにへこむ。

「あ、思い出した。説明会の時に隣だったんだ。」

俺は嘘みたいな本当のことをいう。
動揺は隠しきれていないまま、冷たいアイスコーヒーで喉を潤す。

「そうだったんですね。」

「そう、いやー可愛い子だなって思ってて」
いやいや、俺は何を言ってるんだ。
これは事実だけれどもっと伝えたいことがたくさんあるのに。

その返答に対して、翠は小さく笑った。

「すごいナンパの仕方」

「いやいやナンパじゃないから!あ、ナンパか。うん。だからその連絡先交換しませんか?」

うわ、超グダグダ。

「彼女になったら大変そう」
翠はそう言いながらバッグにスマホや手帳を入れて席を立ち上がった。

「え?」
俺がとぼけた返事をすると

「イケメンだから」

そういい放った後に、翠はいなくなっていた。
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