夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~
・もう一度名前を呼んでもいいですか?
 その夜、私は以前春臣さんとデートをした公園に来ていた。

(来ちゃった)

 ずっと実家に引きこもるのはやめ、この気持ちも忘れようと思った時、自然と足が向いてしまっていた。
 そよ、と吹く風は少し冷たい。
 でも、会いたい人のいない家よりは寒くない。
 あの時はゆっくり見ている暇がなかったけれど、ここは星がよく見える。
 高台にあるからか、街の喧騒も遠くて静かだった。

(地方に行こうかな。クロスタイルの名前を聞かないくらい遠くに。……無理かなぁ)

 離れたくても、忘れたくても、今やその名前は日本中に轟いている。
 例えクロスタイルの名前を聞かない場所に行けたとしても、倉内財閥が関わっていては意味がない。それはなかなか難易度が高かった。

(……いっそ記憶を失くせたらいいのに)

 風に煽られた髪を軽く撫でつけ、ゆっくり息をする。
 あまり長くいては帰る気持ちも萎えそうだった。
 名残り惜しい気持ちを押し殺し、来た道を引き返そうとする。

「――え」

 狭い階段を降りようとしたそのタイミングで上ってきた人がいる。
 暗がりでも誰なのかすぐに分かった。
 こんなに背の高い人はなかなかいない。
 それに私は――短い間だったとしても、この人の妻だったのだから。

「どう、して……」
「奈子……?」

 春臣さんの目が驚きに見開かれる。
 そんな顔もできるのかと他人事のように思った時にはもう、きつく抱き締められていた。

「い、痛いです」
「……っ」
「痛いです……」

 二回言っても離してくれない。
 だから私も、離してほしいと言えなくなってしまった。

「……春臣さん」
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